バスに揺られて着いた先には…

 国道125号を走るバスにしばらく揺られていると、大きな町が見えてきた。小田という町だ。

 そのあたりでバスを降りて町中を歩き、常陸小田駅の跡に向かう。もちろんそこはサイクリングロードになっていて、ホームの跡も残っている。

 ただ、駅舎があったであろう場所にはまるで違う建物があった。小田城跡歴史ひろば案内所だ。

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 常陸小田駅から南に向かってサイクリングロードを少し歩くと、小田城跡という史跡広場があった。小田城は中世にこの地を治めていた小田氏の居城。どうやら、筑波鉄道は小田城の跡のド真ん中を横切っていたようだ。

 

 いまはすっかり史跡として整備されたが、それは廃線後のことだろう。筑波鉄道が開業したのは大正時代。小田城がそこにあったことくらいは分かっていたにしても、史跡だからちゃんとしましょう、みたいなルールはまだなかった時代なのだ。

 廃線で本格的な調査ができるようになり、秘められた歴史が明らかに。比べるようなことではないけれど、廃線も悪いことばかりではないのである。

 

旧筑波町の中心に到着

 小田の町の次に筑波鉄道が通っていた市街地は、北条だ。

 北条の町は、つくば市に合併してその名が消えるまでは、筑波町の中心だった。常陸北条駅は、2面3線と比較的規模の大きな駅だった。

 お客の多さもターミナルの土浦駅に次ぐ。いまではひらがなの“つくば”になったが、漢字の“筑波”の時代にはこの小さな町こそが筑波だったのだ。

 

 町役場もそこにあり、町の真ん中から北に延びるつくば道を辿ってゆけば多気城跡の山の脇を抜け、筑波山の登山口へと続く。そうした町だからなのか、駅舎はなくなっていても常陸北条の駅前の雰囲気は残っている。

 駅舎の目の前であろう場所には観光バス会社と駅前旅館。その先にも、どことなく駅前商店街の雰囲気がある。

 

 バス通りの県道とぶつかる交差点には小さな神社があった。筑波山に向かう人が、登山の無事を祈願したのだろうか。