たとえば1階フロアに足を踏み入れると、まず入り口付近の乱立する広告板が目に入る。バイアグラ、麻雀店、占い、漢方、マッサージ――普通、商業ビル内で同じ看板に並ぶはずのないジャンルであるが、ここでは自然と並存してしまう。

 地上階の主役は、金券ショップと小ぶりの飲食店。闇市時代にもっとも賑わったのが値札の怪しいバッタ物・安売り・食堂であった名残がそのまま続く。通路の両脇には、わずか数坪のスタミナ食堂や喫茶店が肩を寄せ合う。さらには、風邪薬とスタミナドリンクを売る店、漢方薬の小店、ワイシャツとネクタイだけを扱う専門店など、需要は細かくとも固定客のいる店が生き続けている。サラリーマンの街特有の“狭く深い需要”が、小さな店を半世紀以上支えてきた。

2階の“無国籍桃源郷”――中国エステの変遷

 ニュー新橋ビルでもっとも都市伝説めいた評価を受けてきたのが、2階の中国エステ店の群れだ。1990年代後半~2000年代に週刊誌や夕刊紙で一気に名を挙げ、「新橋の桃源郷」「昼の桃色地帯」と表現されることもあった。

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 店舗はどれも狭い。2、3人入れば一杯になってしまう間口に、紫や赤、黄緑といった妖しい照明。白衣を着たチャイニーズの女性が椅子に腰掛け、通行人に笑顔で呼びかける光景は、令和の現在でも完全には消えていない。

 中国エステの増減の裏には、平成以降の風俗規制と景気変動がある。

 21世紀が近づくにつれて、規制強化で路面の“表看板型”風俗が難しくなると、風俗系の店は狭く目立ちにくい雑居ビルのなかへ移動した。その代表がニュー新橋ビルだった。また、店舗面積の小ささが「人件費・家賃の低額化」に与えた影響も無視できない。低価格帯でのサービス提供には必要だった。

「新橋名物といえば、ニュー新橋ビルの中国エステとレンタルルームでしょう。割安で若いデリヘルをレンタルルームまで呼ぶのが新橋流です」と本橋氏が教えてくれた。

 コロナ禍以降は減少傾向にあるという情報もあったが、再度復活傾向。ビル内部では通路の角を曲がるたびに手招きする女性の姿がみえることもあり、“あの2階”の存在は相変わらず新橋の都市伝説的な話題を提供し続けている。