区分所有の権利者がバラバラのニュー新橋ビル

 この2階から3階4階へエスカレータをのぼるにつれて、ニュー新橋ビルはさらに独特な“寄せ鍋”のような雑居性を見せてくれる。

 たとえば2階にはオープン当時のままのような布張り椅子と白砂糖ポットが並ぶ純喫茶があるかと思えば、隣には囲碁・将棋・麻雀の店が並ぶ。テーブル型ゲーム機が現役稼働しているゲームセンターは、もはや都内でも珍しい。

 3階にはフラメンコ教室や語学教室、小規模の事務所、鍵屋、さらには時折改装を繰り返す小さな飲食店が並んでいる。どのフロアも統一感はなく、むしろ統一しようという意思を最初から感じさせない。それは、区分所有の権利者がバラバラで、テナント構成も自主決定されるためだ。大規模な再開発が進まないのには、まさにこの「権利の断片化」が一番の理由となっている。

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再開発が最難関クラスのビル

 ニュー新橋ビルは、JR線の反対側に位置する新橋駅前ビル1号館・2号館とともに“オヤジビル”と呼ばれる。しかもそのなかでも、とくに再開発が難しいとされる。

 理由は三つだ。

 第一に、闇市由来の極小区画がそのまま区分所有権として残存している点。

 第二に、所有者が多数で利害が複雑なため、一括売却や統合が難しい点。

 第三に、現役で利益が出ている店舗が多く、立ち退き料が高額化しやすい点である。実際、市街地再開発関連の話題はいくらでもあるが、ニュー新橋ビルは「再開発が最難関クラスのビル」として登場することが当然となっている。オープンからすでに半世紀以上を経た年代物ビルは古くなり管理も大変だが、日々の来客数は多く、家賃も安定しており、区分所有者にとって“持っているだけで価値がある”状態が続いている。

 ここでは昼休みに訪れたサラリーマンがシャツを買い、ナポリタンを食べ、いまでは珍しくなった喫煙可能の喫茶店で一服し、ちょっとした疲れを中国エステで癒し、夜の活力としてバイアグラ店に立ち寄る――昔ながらの“男の雑用”がすべてここ一軒で一通り叶えられる。それは単なる風俗的猥雑さではなく、日本が活力にあふれていた頃からの文化が新橋のサラリーマン文化と溶け合い、長年かけて熟成されてできた“都市の層”ともいえる。

写真はイメージ ©︎hanasaki/イメージマート

 いまの東京で、これほど歴史と混沌を内部にため込み続ける商業ビルは、ほとんど存在しない。老朽化し、外観も内部も古びているとはいえ、そこには20世紀後半から21世紀も四半世紀を過ぎた今日までが丸ごと封じ込めた都市の姿がある。

 今日も、ニュー新橋ビルでは小さな一坪店舗が明かりを灯して営業を続けている。その“名残”が完全に消える日は、まだ当分、訪れそうにない。

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