お得感を決定づけた要素「コーホートサイズ」
昭和の丙午生まれはどれくらい「お得」だったのか、具体的に見ていこう。
「丙午で損をしたことはないです。逆に受験はおかげさまでラクだったし、バブルにも当たりましたから」(1966年6月17日生まれJ・Yさん)。
「丙午生まれということで、自己主張しなくても注目されました。とくに年配の方々には。だからいつも『私、丙午なんですよ』って自慢してきました。(80年代の)女子大生ブーム、学生起業家ブームにも当たりました」(1966年6月13日生まれN・Aさん)
「お得」の最初のタイミングは、昭和の丙午たちが高校を卒業する1985年だ。当時は高卒就職組と大卒就職組がほぼ半々で、文部科学省の学校基本調査のデータによれば、この年高校を卒業した生徒の41.1%が高卒で就職している。
1985年は好景気の入り口にあたり、企業からの求人数が前年より増えた。にもかかわらず、高卒で就職する若者たちの数は前年の9割だった。この年に就職を希望した高卒生は、コーホートサイズ(世代規模)と経済の活況のダブルの恩恵を受けたことになる。
好景気や「民営化路線」にも恵まれて
大学受験組にも、同様のメリットがあった。「一般選抜試験は例年2.5倍前後の競争率であるところ、1985年に限っては1.38倍でした」――。社会学者で自身も1966年の丙午生まれである大阪大学の吉川徹(きっかわ・とおる)教授は、著書『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書)で自身の受験経験(大阪大学人間科学部を受験・合格)をこう語っている。
ちなみに、東大や京大は例年と変わらず2.5倍ほどの競争率だったが、この2校は志願者の約6割を浪人(既卒生)が占めるという特殊性があってのことだそうだ。
当然、大学卒業後の就職にもこれらのメリットは働いた。「この年(1988年)の求人倍率は2.68倍で、史上3番目の高さだった」と、吉川教授は言う。時代は平成となり、当時の中曽根康弘内閣の行政改革路線の下、NTT(元日本電信電話公社)やJRグループ(元日本国有鉄道)、JT(元日本専売公社)など、元国営企業を民営化した新しい巨大企業が次々と誕生した頃でもあった。