対局室に漂っていた“異様な緊張感”
おや、対局3分前だというのに雰囲気がおかしい。通常、対局前は背筋を伸ばして定刻まで瞑想するものだが、すでに両者とも前傾姿勢である。まるで、もう対局が始まっているかのようだ。
永瀬は盤近くまでにじり寄り、藤井は扇子を握る手に力が入っている。対局室には異様な緊張感が漂っていた。
初手、永瀬は当然のごとく飛車先を突く。注目された後手・藤井の2手目は、同じように飛車先を突く一手。その後、永瀬の角換わり腰掛け銀を受けて立つ形となった。
藤井は昨年の王将戦第5局あたりから「雁木」を時折、採用している。永瀬との名人戦第2局や王位戦の第3局、伊藤二冠との王座戦第1局など、ここ最近は番勝負の序盤に投入することが多くなったが、本局は見送った。
序盤から珍しい手を指した藤井
驚いたのは、藤井が矢倉囲いに玉を入城させたことだ。ここ数年、後手番の藤井は玉を飛車の近くまで移動させる「右玉」系の形を多用しており、矢倉でも角換わりでも玉を入城させることはほとんどない。対矢倉では42局中、デビュー戦の加藤一二三九段戦を含め、わずか2局だ。
理由は明白で、藤井は「敵の飛車の直線上に自玉を配置する」ことを嫌うからだ。それを開幕局で指すとは。「指し方の幅を広げたい」「柔軟な考え方ができたら」という事前の言葉通り、さらなる将棋の理解を深めようという意気込みがうかがえる。
その「幅の広がり」は昨年の竜王戦、佐々木勇気八段との七番勝負でも見られた。早繰り銀に腰掛け銀で対抗し、横歩取りでは青野流急戦(飛車を浮かせたまま攻撃的な布陣に構える戦法)にこだわらず、飛車を引く。これまでの自身の成功体験に満足せず、新たな道を切り開こうとする姿勢は、昨年末に本人に話を聞いた際にも強く感じられた。
対局開始からちょうど1時間、永瀬が右桂を跳ねて戦端を開いた。
この形は2023年のA級順位戦プレーオフ、藤井(先手)対広瀬章人現九段戦と似た進行だ。永瀬はさらに、3筋の歩の突き捨てを省く工夫を見せる。藤井はそれが想定外だったのか、45分の長考で金上がりを選び、歩を打って受ける形を選択した。




