おやつタイムに「前代未聞の新手」を…
ここで午前のおやつタイムとなったが、永瀬が前代未聞の「新手」を出した。
注文票を見ると、「小夜乃梅抹茶小最中」「掛川栗のマロンシェ」「完熟メロンまんじゅう」「振袖餅」「しばちゃんちの牛乳プリン」……そこから選ぶのかと思いきや、なんと5品全部を注文したというのだ。さらにキウイのフレッシュジュースまで。
指し過ぎではとも思ったが、相手が相手だけに、これほどのカロリーを摂取しなければ戦えないということだろう。ちなみに藤井は「抹茶小最中」と「和紅茶」という、至って定跡的な指し手だった。
計72分もの大長考で編み出した“絶妙の手順”
永瀬が桂頭を攻め、藤井が自陣角を打って受ける。そこで永瀬が考えている。立会人の神谷広志八段、聞き手の貞升南女流二段と検討するが、永瀬の長考の理由がわからずにいた。1時間近く考えたまま昼食休憩に入る。
再開後、永瀬はさらに20分ほど考え、計72分もの大長考で絶妙の手順を編み出した。
端を突き捨てた後、2筋で後手の歩をつり上げて、金を斜めに前進させる。そんな驚きの構想を見せたのだ。歩の手筋は羽生世代が掘り尽くしたはずだったが、まだこんな手が眠っていたとは。単に金が前進するより1手早い。
藤井はこの順に2時間も考え込み、指したのは午後4時過ぎだった。角換わりに精通した彼がこれほど悩んだことからも、永瀬の構想がいかに衝撃的だったかがわかる。神谷が「この手が見られただけでも、ここに来た甲斐があった」と感嘆していた。
大盤解説会は藤井聡太29連勝フィーバーの話題に
大盤解説会は初日の午後2時から行われた。聞き手の貞升と進めるが、なにせ局面が動かないので話すことがない。神谷にも登壇してもらう。藤井が次々と将棋界の記録を塗り替えるたびに、過去の記録保持者も脚光を浴びていたが、神谷もその1人。28連勝という偉大な記録の持ち主だ。藤井は2017年の竜王戦決勝トーナメントで増田康宏現八段を破って29連勝を達成。その時の話になった。
あの日、私は控室で神谷と、連盟常務理事の森下卓九段(増田の師匠)と3人で検討していた。藤井が角と桂を連打する絶妙の手順で勝利すると、いつもは辛口な神谷が絶賛し、森下も「藤井さんは天才です」と断言する。それを聞き、あらためてすごい棋士が現れたんだなと実感したものだ。
「取材が殺到していて、自宅まで記者が来そうだったんで、事前に予定稿を出しておいたんです」
神谷がネタばらしをする。「あの日のことは忘れましたね(笑)」と言いつつ、「日付は6月26日です」と、ちゃんと覚えているではないですか。
藤井が攻め合うために継ぎ歩をしたところで午後6時を過ぎ、永瀬が封じて1日目が終了した。




