ところが、妻と娘の死に責任があるかと問われたエヴァンスは「……イエス……イエス」と返答してしまう。決して妻子に手をかけてはいないものの、妻を堕胎させたのも娘を預けたのも自分。「イエス」は2人の死を知ったショックと罪悪感から出た言葉だった。
が、警察はこれを自供とみなし、ひとまず死体遺棄罪で逮捕。続く連日におよぶ取り調べで「借金をめぐる口論からベリルの首を絞めて殺害し、その2日後に娘ジェラルディンを絞め殺し、ウェールズに逃亡した」との供述を得る。そこに、警察が描いた犯行のストーリーがあり、脅迫や拷問で偽の供述を引き出したことは間違いない。
「妻子殺害の犯人」に仕立て上げられた男
こうして殺人罪で逮捕・起訴されたエヴァンスの裁判は1950年1月11日から始まった。法廷でエヴァンスは証言を覆し、自供は警察に強要されたもので自分は無実、妻子を殺害した犯人はクリスティだと主張する。が、検察側はエヴァンスの主張は空想に過ぎないと一蹴。証人としてクリスティを法廷に呼ぶ。彼の証言は以下のとおりだ。
エヴァンスの話は荒唐無稽。彼から妻が2人目の子供を宿したのを聞いたことは間違いない。が、エヴァンスが堕胎を考えていると言ったので気をつけた方がいいと忠告したまで。彼らは毎日のように大声で喧嘩をしており、エヴァンスがベリルに時々暴力を振るっていたことも知っている。彼女は命の危険を感じていたようだった。
11月7日の深夜、上の階でドーンと大きな音がして飛び起きたことがあった。続いて、誰かが何か重たいものを動かしているような音を耳にした。2階の住人はそのとき入院していたので、エヴァンスの部屋で何かが行われているのだろうと思ったが、それ以降音がしなくなったので再び眠りについた。翌日、8日の正午ごろ、ベリルが赤ん坊を抱き外出したのを目撃して以降、彼女の姿は見ていない――。
法廷のクリスティの態度は実に堂々としたもので、思慮深い口調で、自分はエヴァンスの嘘によって犯人に仕立て上げられようとされている被害者であるとも証言。自信がなく罪に苛まれたようなエヴァンスとは対照的に、正義感に溢れる高潔な人物として傍聴席の心を揺さぶった。