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が、1950年1月13日、エヴァンスの自供を有力な証拠として採用した陪審員が下した評決は有罪・死刑。判決が宣告されたとき、彼の実家の家族は法廷で泣き崩れ、クリスティのことを「人殺し」と罵ったそうだ。
弁護側の控訴が2月20日に棄却され刑が確定。翌月3月9日、エヴァンスはロンドンのペントンビル刑務所の絞首台の露と消える。享年25だった。
事件はまだ終わっていなかった…
3年後の1953年3月20日、リリントンプレイス10番地のアパート1階の空き部屋に新しい住人男性と恋人女性が転居してきた。2人は部屋に入るやただならぬ異臭が漂っていることに気づき、掃除を始める。が、いくら掃除しても臭いは消えない。何が原因だろう。
頭を悩ませつつ、無線ラジオを置くための金具を壁にはめこもうとし、台所にちょうど良い隙間を見つけた。何気なくノックをしてみると、中はどうやら空洞らしい。男性は壁の中に食器棚があるものと考え壁紙を剥がす。
と、そこに現れたのは不審な一つのドア。開けると中は薄暗く、臭いはさらに酷く、吐き気を催すほどだった。
男性は目を凝らし、見つけてしまう。そこに裸の女性の遺体が転がっているのを。仰天してすぐに警察に通報。