無実の若者を死刑に追いやり、その裏で8人の女性を殺していた男がいた。ロンドンを震撼させた連続殺人の真犯人、ジョン・クリスティ。何が男を殺人に駆り立てたのか? ついに警察に捕まった彼のその後とは?
イギリス史上最悪の冤罪事件のその後を、新刊『世界で起きた恐怖の冤罪ミステリー35』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目/最初から読む)
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8人を殺害した男の人生
クリスティは1898年、イギリス北部のヨークシャー州に7人兄弟の6番目として生まれた。カーペットデザイナーの父は厳格、寡黙な人物で、子供たちにほとんど感情を示さず、気に入らないことがあると容赦なく鞭で殴打した。1911年、クリスティが12歳のとき、同居していた父方の祖父が長い闘病生活の末に他界する。
祖父はクリスティが父親以上に恐れていた存在。そんな祖父が痩せこけベッドで亡くなった姿を見て、クリスティは解放感どころか、今まで味わったことのない幸福感を味わう。後に本人が語ったところによれば、この体験が後の人生に大きな影響をもたらしたそうだ。
同じ時期、奨学金を得てウェスト・ヨークシャーのハリファクス中等学校に入学。当時のIQは128と非常に高く、数学、歴史、木工で特に優秀な成績を収めた。1913年に学校を卒業後、映写技師助手として就職。思春期になると、大きな問題に直面する。初めてできた恋人女性と性行為に及んだとき、勃起できなかったのだ。
そのことを知った会社の同僚は「チンコがないレジー」とからかい、クリスティも自身の勃起不全に生涯悩まされることになる。が、なぜか売春婦を相手にしたときは普通に勃ち射精にまで至った。これは後に殺害した女性も犯していることから、見も知らぬ他人や、特別な状況下のみ性行為が可能になる特別な体質だったと思われている。
また、このころからヒステリックな性格が現れ始め、注目を集めるため病気を装い同情を引くこともしばしば。後に幼馴染たちはクリスティのことを「変な子」「人付き合いが苦手」「人気がない」などと評している。
