イギリスの死刑制度廃止のきっかけになった重要な冤罪事件がある。戦後まもないロンドンで1人の青年が妻子を殺害した容疑で逮捕され、裁判での死刑判決を経て25歳の若さで絞首刑に処された。
が、その3年後に判明した真犯人は青年と同じアパートの住人だった中年男。しかも、男は生涯で自分の妻を含む計8人もの女性を亡き者にした稀代のシリアルキラーだった。世に言う、エヴァンス事件の真実を、新刊『世界で起きた恐怖の冤罪ミステリー35』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目/つづきを読む)
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第二次世界大戦終了から3年後の1948年半ば、ロンドンでも治安の悪いエリアとして知られるノッティングヒルのラドブローク・グローブ地区、リリントンプレイス10番地に位置する3階建てアパートの最上階に1組の若夫婦が越してきた。ティモシー・エヴァンス(当時24歳)とその妻ベリル(同19歳)。
2人は前年の1947年初めに友人の紹介で知り合い同年9月に結婚、当初はウェールズにあるエヴァンスの実家で家族と同居していたが、ベリルが子を宿したことで転居することになる。
1948年10月、娘ジェラルディンが生まれる前まで夫婦の生活は安泰だった。エヴァンスはIQ70で読み書きもままならないながらも真面目なトラック運転手として働き、ベリルはそんな夫を愛し支えていた。
しかし、子供が誕生したことでその仲は次第に険悪なものになっていく。エヴァンスは薄給の大半を酒に費やし、一方ベリルはまともに子育てもせず家計の管理も極めて杜撰。2人は毎日のように互いの不満をぶつけ合い、その罵声はアパート中に響き渡るほどだった。
隣人に「堕胎手術」を頼んだら…
そこに新たな問題が起きる。1949年夏、ベリルが2人目の子供を妊娠したのだ。親子3人でもギリギリの経済状況のなか、もう1人家族が増えれば生活破綻は明らか。エヴァンスは悩み、アパート1階に住むジョン・クリスティ(同49歳)に相談する。彼は元警察官で郵便局員として働く物腰も柔らかで博識な人物。妻エセル(同50歳)とともに、アパート住人に何かと頼りにされる存在だった。
相談を受けたクリスティはエヴァンスに助言する。今の状況で2人目を生むのはあまりに無謀、堕胎するのが賢明だろう、中絶は「昔、医者をしていたこともある」自分が請け負ってもかまわない、と(当時のイギリスで胎児の堕胎は違法)。もっともなアドバイスにエヴァンスは納得し、せっかく授かった命を殺すことに消極的だった妻ベリルもこの提案に渋々同意する。
仕事から帰ったエヴァンスがクリスティから予想だにしないことを聞かされるのは11月8日のこと。堕胎手術が上手くいかず、ベリルが亡くなったというのだ。

