くだされた罰は…
これにクリスティ側が控訴しなかったことで刑が確定し、その20日後の7月15日午前9時、ペントンビル刑務所で絞首刑が執行された(享年54)。最期の言葉は「鼻が痒い」だったそうだ。
一方、エヴァンスが犯したとされる妻子の殺人がクリスティの犯行によるものだったと知った国民は、真犯人を見破れずエヴァンスを死に追いやった警察、検察、裁判所を激しく非難する。こうした世論を受け、当時の内務大臣が司法の判断に誤りがあったか否か、改めて調査を実施。
結果、エヴァンスが妻子を殺害したことに間違いはなかったとの驚きの結論を出す。決して司法当局の過ちを認めない意図が働いていたことは明らかだった。
世間の怒りは増し、1965年から1966年にかけて高等法院判事を議長とする第2次調査が開始される。そこで出た結論は、エヴァンスが妻を殺害した可能性がないとは言い切れないが、少なくとも娘は殺していないというもの。完全にシロとは断言しないところに国民は到底納得しなかったが、この調査結果を受け内務大臣がエヴァンスの「死後恩赦」を決定。
イギリスから死刑制度はなくなったが…
エヴァンスの遺体は処刑が行われたペントンビル刑務所敷地内の墓地から掘り起こされ、家族によってロンドンのレイトンストーンにあるセント・パトリックス・ローマ・カトリック墓地に改葬された。
また、当事件を受け、イギリス政府は1965年に死刑執行を停止する5年間の時限立法を成立させ、1969年に死刑制度を正式に廃止するに至った。
エヴァンスの冤罪に関する議論はその後も止まず、事件から半世紀以上が経過した2003年1月、内務省はエヴァンスの異母姉妹に「司法の誤謬(誤った推論)」があったとして補償金を支給。
