まるごと残ったトンネル跡
開業当時は山肌の崖の上を走っていた。しかし、1924年にトンネルが掘られていくらか直線的なルートに変更された。すぐ脇を大河が流れる崖っぷちを走っていては、たびたび災害にもさらされたのだろうか。
新しく掘られたトンネルは約520m。勝山駅の近くではトンネルがなくなり、こちらでは新たにトンネルに。どちらも開業してからさほど時間をおかずにルートを変更している。そのあたり、京福電車の試行錯誤だったのかどうなのか。
そしてそのトンネルは、出入口がどちらも丸ごと残っている。すぐ脇を国道157号のトンネルがぶち抜いているのだが、そちらに転用されることもなかったようだ。
さすが天下の国道、雪が降っていてもトラックなどがひっきりなしに走っている。が、そんなクルマたちもすぐ脇を廃線跡のトンネルがあるなんて知るよしもない。
さすがに廃トンネルの中に入り込むほどの勇気はない。なんだかコウモリとかおっかない野生動物の巣になっているんじゃないかという気がするのだ(というか不法侵入ですしね)。
だから、山と川のわずかなスキマを通る道路を迂回する。このあたりに鉄道が走っていたこともあったのだと思えば、雪だろうが何だろうがどうってことはないのだ。
川を渡って恐竜街道へ
山を越え、赤根川を渡ってからは恐竜街道と名付けられた県道がそのまま廃線跡だ。普通の2車線道路なのだが、よくよく見ると西側の歩道が妙に幅広い。古い航空写真と重ねれば、どうやらこの歩道が廃線跡のようだ。
道路と並行して走っていたローカル私鉄。運転士さんや車掌さんは、少しずつ道路側の交通量が増えてお客が減ってゆく移り変わりを肌で感じていたのかもしれない。
県道沿いに、新在家・中津川という駅があったが痕跡はない。田園地帯から市街地に入ると県道からは外れてまっすぐ進み、JR越美北線の下を潜る。道路が越美北線を潜るすぐ脇にも小さなガーター橋があった。
その下はちょうど車両1両分の幅がピッタリと合いそうな雪道が続く。ローカル私鉄と国鉄のローカル線の共演、などというシーンがあったのかどうか。


