「お買い物がすごい楽」住民が語る“空中住宅街”での暮らしぶり
ペントハウスに暮らすご近所さんたちにも話を聞くことができた。住み心地を聞くと、すぐさま1階のスーパー「ヨークフーズ」の話題になった。エレベーターを使えば、屋上からそのままスーパーに到着する。荷物が多いときはカートで運んだり、総菜が安くなった時間に降りたり、負担を感じず楽しく買い物ができるのが便利だという。
「お買い物がすごい楽。前は近くにスーパーがなかったから」と話すのは末木さん。齊藤さん夫妻のご主人は「すぐそこにエレベーターがあって、スーパーは家の冷蔵庫みたい」と笑う。
奥さんは「笹野会長と増田先生は本当に尊敬しています。主人は『銅像をつくったらいいんじゃないか』って。それぐらい感謝しているんです」と語り、「今が人生で一番幸せ」とも表現する。
「ラジオ体操をずっとやっています。今でも毎朝」。末木さんは以前の西富久地区時代からラジオ体操を欠かさず続けてきた。笹野さんも参加し、新旧の住民が混ざり新たなコミュニティが生まれているようだ。
防災設備も充実、願い通り安心して暮らせる環境に
エレベーターホールにはサイネージがあり、災害時の画面の例として、震度や建物の被害状況、エレベーター、ガス・電気・水道の状況などが表示されていた。巨大な建物にいて安心なのか、確認できる仕組みだ。
西富久地区の再開発は、住民が願った「安心安全なまち」や「住み続けられるまち」を理念に進められた。災害発生時にとどまって生活を維持することを前提に防災計画がつくられ、建物に災害対応型のモニタリングシステムを導入し、構造と設備の情報管理が一元化された。
そして住民への情報共有の仕組みとして取り入れたのがサイネージだ。防災計画に携わった芝浦工業大学の増田幸宏教授は、コミュニティのあった西富久の地域性をいかし「共助の活動を促すことができる」と語る。
「あえてエレベーターホールに情報を出すことで、住民の皆さんが集まって見ることができます。そこで正確な情報を共有しあい、安否の確認ができ冷静な行動にもつながります。再開発でまちが物理的に更新されたとき、地域らしさをどう保っていくか。コミュニティを強化するツールであり、行政や事業者、地域のみなさまの協力により形になったシステムです」(増田教授)
産官学民の連携で実現した在宅避難のための初めてのシステムであり、このシステムの運用によって安心して暮らせるまちが保たれている。
地上げによる町の崩壊→再生を経た今、思うことは……
なお前述した通り、地権者の住民は当初から権利の一部で中層の集合住宅が割り当てられた。賃貸にして家賃収入を得て、管理費や修繕積立金を賄える。ここにも暮らしの安心があった。
地上げで荒廃した町で、笹野さんらが立ち上がって30年以上が過ぎた。広い再開発地を眺めると、住民が主導したことにあらためて驚く。
「本当にいい人ばっかだったもんね。私なんか何の経験もないのにね。私、お蕎麦のことしか知らないもんだから」と笹野さんはしみじみ振り返る。
増田さんも続けた。「工事の人たちもみんないい方ばかりでしたよね。今でも『笹野さんがいたからできたんだよね』と、そんなふうに言っていますよ」
西富久の再開発地には、昭和に始まった大きな物語があった。都心のビルは煌めいてみえるが、そこには元の住民たちが堅実に暮らしていける、仕組みが生きていた。
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