世にも奇妙な“天空の住宅街”が生まれたワケ

 地上げの過程で放火に不審火、お稲荷さんの賽銭泥棒などの騒動に見舞われていた西富久の住民が再開発で願っていたのは「安心して暮らせるまち」である。「昔ながらのコミュニティを残したい」という声も多かった。しかし再開発でありがちな高層マンションでは、コミュニティの継続はなかなか難しい。

 そこで増田さんが提案したのが「ペントハウス案」だ。

現行のプラン以外に、いくつもの試案を作って検討していった

 ペントハウスとは、建物の最上階に立つ住宅のこと。元あった町のように戸建てが並ぶ住宅街を組み込めば、人が行き交い関係性は存続すると見込んだ。採算がとれる計画になるようプランが練られていった。

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 一方で笹野さんは、勉強会や新築マンションの見学を通して、新しい住居における管理費の負担を懸念していた。再開発後も、価値の上がった土地で住民が長く住み続けるにはどうしたらいいのか。そこで、所有する権利の中からワンルームマンションを取得し、賃貸住宅とする案を考えた。家賃を取得し管理費を払う仕組みである。

 そんな笹野さんの知恵を取り入れ、コミュニティや自然環境の継承性、経済性といった視点で最終的にたどり着いたのが「超高層マンション+ペントハウス案」だ。住民による評価も最も高かった。

さまざまな観点から試案を評価し、ペントハウス+タワーマンション型に落ち着いた
完成に至るまで、プランはいくつもの変遷を遂げた

 地区の中央に超高層のマンションを配し、低~中層マンションとコミュニティ重視のペントハウス群を構成する。商業施設も併設して、採算がとれて住民の意向にもフィットするプランである。地権者の住民はいずれかを選んで居住する計画だ。

 2002年(平成14年)7月には、国から「都市再生緊急整備地域」に指定され、計画は前へと進んでいく。