住民たちが語る「空中住宅街」での暮らしぶり
再開発において、増田さんが一貫して守っていたのは「住民の生活の再建」だ。一時、事業性の視点から、土地の評価額が予想外に下がり、再開発への仮同意が落ち込んだことがあった。地権者の取り分が減ると、生活の再建が難しくなる。「みなさんをだませませんから」と、割り当ての数値を粘り強く守った。
2008年10 月に「第一種市街地再開発事業」が都市計画決定され、翌年に「西富久地区市街地再開発組合」が設立。ようやく再開発事業が実現へと移った。 西富久に残っていた建物の解体・除去工事を経て、2012年5月に着工。住民は別の場所で仮住まいをして完成を待った。笹野さんは近くの店舗で蕎麦屋を続けた。
そして2015年9月、超高層マンションと中層集合住宅、屋上の22の戸建からなる「富久クロス」が誕生した。住民が大切にしてきた富受稲荷は、広場に遷宮され、新しいまちを見守っている。
完成したときのことを笹野さんに聞くと「びっくり!」と一言。「昔の細い路地が引き継がれるといいなぁ」と思っていたそうで、路地のある暮らしを楽しんでいる。
住戸は、日照と通気性を考慮した設計で、吹抜空間の居間を基本に間取りや配置はそれぞれ異なる。快適さを保持しながら、経済性を考慮して建材などはコストを抑えて作られた。
「私はそこまでこだわりはなかったんですけど、できれば少し緑のものを置いたりできればいいなって。そんな風に言う方もいらっしゃいましたよね」(笹野さん)
笹野さんは専用の庭で植物をいじる楽しみが増えた。ビルの屋上とは思えない緑あふれる風景も心地良い。


