元裁判官の瀬木比呂志氏は、離婚訴訟の現場で、時に「性的逸脱行為」が離婚の原因として持ち上がることがあると語る。もしも配偶者のスマホのカメラロールに盗撮画像を発見してしまったら……。それが即離婚に繋がるような夫婦間の軋轢になるであろうことは、想像に難くない。
しかし瀬木氏は「人間の性的指向自体は、どんな特殊なものであっても差別されるべきでない」という。その理由とは――。
ここでは、瀬木氏が裁判官を務めた経験から見えてきた人間の“本当の姿”について綴った『裁判官が見た人間の本性』(ちくま新書)から一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/続きを読む)
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人間の性的指向の驚くべき多様性
人間の性について思うことは、その性的指向の驚くべき多様性である。その対象や方法については、人々が、少なくとも公的には眉をひそめがちなものをも含め、本当にありとあらゆるものがある。
やはり離婚訴訟で、あるいは家裁の事件全般で、まれに遭遇したり、ほかの裁判官たちから聞いたりしたことがあったのが、特殊な性的指向からくる逸脱行為、犯罪行為が夫婦間の軋轢の原因となる例だった。今でいうなら、たとえば、スマートフォンを用いた女性の下着盗撮行為等が典型的だ。
こうした場合について、それではその夫が全体的にみて普通でない人間かというと、必ずしもそうはいえない。確かに、犯罪に至ってしまったという意味では逸脱しており、また、それがよくない行為であるのはもちろんだが、それ以外の点ではまずまず普通の人間である例も多いのだ(なお、心理学者の書物である原田隆之『痴漢外来──性犯罪と闘う科学』〔ちくま新書〕も、同様のことを指摘している)。
中には、高度な能力をもち、知的に洗練された人物である場合さえある。後に「内なる悪」のセクションでも述べるが、一時期多発した裁判官の性的非行も、そのような例の一つだと思う(こうした事柄について私が深く考えるようになったきっかけの一つは、この一連の事件に対する驚きと危機感だった)。
