公安小説の第一人者・濱嘉之の最新刊文庫『孤高の血族』は、著者が得意とする警察小説ではなく、医療の現場と経済の現実を描いた小説である。だが、元警察官・濱嘉之という人間の人生そのものが、これほど濃く流れ込んだ作品は他にない。

 作家デビュー前、発表するつもりもなく、誰にも見せずに書かれた1000枚超の長編。医療一族の興亡、政治と警察、裏で動くカネと人間の情念。そして、そのすべてを呑み込むように立ち上がる、強烈な人物たち。

 なぜこの物語は生まれたのか。濱嘉之氏自身の言葉で、その核心を語ってもらった。

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人生を一度「復習」しておきたかった

――この作品は、濱さんが作家としてデビューされる前、発表する予定もなく書かれた長編だったと伺っています。当時、なぜこれを書こうと思われたのでしょうか。

 警察を辞める直前、46歳の頃でした。これから先どう生きるのかを考えたときに、一度、自分の人生を「復習」しておこうと思ったんです。私自身の一族のことや、その周辺で起きてきた出来事。警察官として関わってきたけれど、結果的に何も解決できなかったことも多かった。それを、ストーリーとして残しておきたいと思いました。

作家・濱嘉之氏。本名の江藤史朗名義で危機管理コンサルタントとしても活躍する

――記録ではなく、小説という形式を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

 記録だけだと、どうしても断片になります。何がどうつながっているのかが分からない。でも、人の人生や出来事には流れがあります。その流れを残すには、ストーリーにするしかありませんでした。当時は、作家になろうなどとは、まったく考えていなかったのですが…。

――結果的に、当時は1000枚を超える分量をお書きになったそうですね。

 誰にも見せるつもりがなかったので、分量はまったく気にしませんでした。思いつくことを全て入れ込みました。2、3か月で一気に書いたと思います。

主人公・池田利雄という人物について

――主人公の池田利雄は、地方病院を巨大な医療グループへと変貌させていきます。モデルになった人物は実在するのでしょうか。

 いました。外科医でしたが、決して器用なタイプではなかった。ただ、お父さまが非常に立派な方で、人脈と威光があった。地方の私立大学医学部を出て、最終的には旧帝大の医局に入っています。

地方の総合病院のイメージ

――旧帝大の医局というのは、当時どのような意味を持っていたのでしょうか。

 その大学がある地方では、出身校を書かなくても「〇〇大学医学部医局 第一外科」とあるだけで、信用が成立する。それだけのネームバリューがありました。

――利雄は途中から経営に軸足を移していきます。

 外科というのは、最終的には手先の器用さがものを言う世界です。彼はたまたま海外に出て、腹腔鏡の術式を持ち帰った。それが評価され、もともと学業面では評価されにくかった彼にはコンプレックスもあったし、野心もあったため、次第に経営のほうへ比重が移っていくという話になっています。

――作中では、病院がコンツェルン化し、巨額のカネが動いていきます。

 現実に、似た構造はいくつもありました。たとえば、某地方の個人病院が、東京の大病院を手に入れるまでの流れ。途中で医療系大学まで作り、政治家や不動産業者、市政が絡んでいく。あの話にもやはりモデルがあり、分かる人には分かる話です。

――やがてそんな利雄にも悲劇が起きますね。

 利雄は最初から、転落するべき人物として書いているんです。ほんの一度の判断のズレで、人は簡単に転がり落ちるんです。

現代的な手術室(イメージ)