「僕が入った頃、風俗業界も転換期に入っていました。宣伝は、雑誌など紙媒体の時代からネットに移っていこうという時代です。売り上げも落ちていくなか、樹水さんを立てようとしたことが裏目になって軋轢が生じるようになってしまった」

 樹水の下で風俗業界に足を踏み入れた酒井だったが、7年後の2010年、退社を余儀なくされた。しかし、これまでのリスタートと違うのは、ゼロイチの再出発ではなかったことだ。樹水の下で働いた経験を生かし、風俗情報サイトを立ち上げることにしたという。

予想外のクレーム

「東京・吉原のソープランドの情報サイトです。当時は、媒体(雑誌)がスタジオを持つことが通例でした。なので、スタジオ兼事務所を構え、フリーのカメラマンに撮ってもらうようにしたんです」

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 顔が利く風俗業界での事業立ち上げ。うまくいくかと思いきや、酒井には予想外のクレームが頻繁に入ってきた。

「なんだ、この写真は!」

「樹水の下にいたのに、こんな写真で“鳴る”と思っているのか?」

「うちを舐めてんのか? こんな写真なら広告は取り下げるぞ」

 雑誌やサイトに写真が掲載される。客の目を引く写真は、途端に店に電話の問い合わせがくる。

 これが「鳴る写真」だ。せっかく新たに写真を撮っても、客が関心を持つ写真、指名したくなる写真でなければ意味がない。しかし、フリーのカメラマンの腕が悪いわけではなかった。風俗嬢を撮影するという“特殊性”、さらに、風俗嬢を撮らせたら“希代の天才”と謳われた樹水の残像が、重く酒井に伸のしかかったのである。

 どういうことか。風俗嬢の撮影は、芸能人やモデルのグラビア撮影とは異なる。モデル経験の無い素人の不安や緊張感を解き、どれだけいい表情で、見栄えのいいポーズを取らせるのか。また、店舗のコンセプトにどれだけ合って、人気が出るような写真にするのかが問われるのである。

 その第一人者が樹水であり、酒井は樹水の看板を背負って営業をしてきただけに、独立後も高いハードルが課されていたのである。

 このままではジリ貧だ。フリーのカメラマンを一から教育するわけにもいかない。そこで酒井は決意する。