一番苦手だった科目を経験しようと美術系大学を受験
まずは子どもの頃からの話をしよう。東北出身の瑞月は、厳格な両親の下で育てられた。勉強はもちろん、何もかも一流であることを求められた。幼少の頃からフルートを習っていた瑞月は、学業だけでなく音楽も得意だった。唯一、苦手だったのは美術だった。
「絵を描くのが苦手とかではなく、水彩画が苦手だった。デッサンで何度も消した後、水彩で色づけすると濃さに濃淡が出る。消すことがゼロにならないことが嫌でした。でも、高校卒業前に進路を考えた時、人生は1回きり。知らないで知った気になるよりは一番苦手だった科目を経験しようと思って美術系大学を受験したんです」
高校の美術教師に頼み込み、1週間デッサンの勉強をした。付け焼き刃の勉強ながら、合格した。入学したら、知らないことだらけだったが、それでも、その知らない世界を学べる喜びを瑞月は感じていた。
就職は一部上場企業、二部上場企業の2社に合格。しかし、面接官の印象が良くなかったため、辞退した。1990年代前半、バブル経済崩壊後の就職難であるにもかかわらず、だ。そこで働き始めたのが、札幌のクラブだった。
「1カ所に留まって仕事をするより、いろいろな人と知り合い、さまざまな世界を知りたかったんでしょうね」
瑞月はまるで他人事のように、当時を振り返る。しかし、夜の世界にトラブルはつきものだった。瑞月はある人に騙され、600万円の借金を背負うことになり、ソープランドで働くこととなる。店長や良客に恵まれ、借金は1年を待たずに返済できた。その後、瑞月はキャバクラに移る。
この時まだ20代前半。しかし、瑞月は移籍したキャバクラで奇抜なショータイムを行い、グループ全体の1位を獲得。
当時人気のテレビ番組「ギルガメッシュないと」(テレビ東京系)への出演を果たす。それを機に、知名度が全国区に。入店して3~4カ月の夏のことだった。しかし、人気絶頂の秋、半年余りでキャバクラを退店する。
「テレビ番組出演後に、ストリップ劇場からの誘いを受けていたんです。知らない世界を見てみたいと思って飛び込みました」
ここまで聞いていて感じたのは、瑞月は安住の地を求めない性格だということだ。一方で、その時々の人間関係を大事にしている。それがやがて大きく開花していくこととなる。