ストリップ劇場で踊り子として全国を飛び回り、振り付けの才能も発揮。踊り子として約2年働いた後、振付師としても活躍する。しかし、出る杭は打たれる。振付師としての実績を順調に積み上げるなか、今度は仲が良かった仲間たちが足を引っ張り始めるようになった。

 そんな人間関係に嫌気が差し、再びソープランドで働き始めた。この頃、心身ともに疲弊していた瑞月は、誰にも会いたくなくなり、引きこもりがちになった。その状況を見て、仲の良かったソープ嬢がある時、瑞月に声をかけてきた。

「このままじゃダメになるから犬を飼いなさい。犬の世話をしていたら、うつ病になる暇はないよ」

ADVERTISEMENT

 そこでコーギーを飼い始めた。

 効果はてきめんだった。しかも、犬を介した人との付き合いは、煩わしさが無かった。住む場所も東京から茨城に引っ越した。犬との生活を最優先にした選択だった。

 瑞月は風俗嬢のセカンドキャリアとして、ドッグショーの世界で生きて行こうと考え、専門ブリーダーの道を模索する。

写真はイメージ ©AFLO

 その後、自身のケンネルのホームページを作るためパソコンを学ぼうとするが、その学びを求めたのはMMORPGだった。MMORPGとは、「大規模多人数同時参加型オンライン・ロール・プレイング・ゲーム」のこと。ゲーム内で仲良くなった仲間たちからパソコンの使い方、ホームページやフラッシュの作り方を教わっていった。

10年近く離れていた絵画の世界に戻ったきっかけ

 ある時、ゲーム仲間からパソコンで絵を描く方法を教えてもらった。10 年近く離れていた絵画の世界だったが、描いてみるとだんだん楽しくなり夢中になったと言う。

 瑞月は茨城から宮城に引っ越した。2011年3月11日、東日本大震災で被災した。そのようななかで瑞月は動物ボランティアに参加。飼い主に会えずに亡くなっていくペットたちを想い、生前撮影した写真を基にパソコンで絵を描き始めた。その絵はSNSで評判を呼び、世界各地から「うちの犬を描いてくれ」と注文が舞い込むようになった。

 その後、知人のイラストレーターから「人の絵も描いてみたら」と勧められた。彼から人物画のコツを教わり、描く対象が広がり、後に日米合同制作ドラマのワンシーンである、東京都渋谷区道玄坂を飾る看板制作に携わることになった。

 風俗の世界から離れて進んだセカンドキャリアの道は順調のように思えた。しかし、またもや転機が訪れる。