商店街が全部、中国の店に
大阪を訪れた時、私は、確かにここは中国かと見紛うような光景を目にした。西成に近い「飛田本通商店街」を歩いた時だ。あいりん地区と称される御堂筋線動物園前駅近くに延びる、ザ・昭和のアーケード街の中。そこはもうちいさな中国だった。
「香香」「チャオ」「彩&秀」「艶華」「香港之夜」といったカラオケスナックの店名が、派手な原色と蛍光色の電光掲示板に灯され、商店街の左右にびっしりと並んでいた。一方でアーケードの天井にかかる看板は昔のままで、いずれも当時の日本語の店名が掲げられている。金物、婦人洋品、酒類販売、時計、印鑑……。しかし、店の中身と店先の看板はすべてスナックなのだ。このちぐはぐな様子は、まるで日本各地のシャッター街の未来を暗示しているような気がしてゾッとした。
私は、地元の不動産会社社長に「いつからこうなったんですか」と聞いた。すると、「気がついたらこうなっとったんです」という返事。そして、こうしたスナックはアーケード内に170店舗以上あると言い、たったふたりの中国人が全店舗の経営者だと教えてくれた。
「前からの商店街は廃れてしまって、ほとんどシャッター街になってたんですよ。そこにコロナが来たでしょう。ほんで余計に外に出んようになったりしてたら、いつの間にか全部中国の店になってたんですよ」
おそらく賃貸や売買の契約を取り仕切ったのも宅建業の免許を持つ中国人だったのだろう。
「穂」というカラオケスナックに入ってみた。カウンターに立つ女性は、福建省出身の中国人で大阪に来て12年だと話した。見たところ30代半ばくらいだ。彼女目当てでやってきているのかわからないが、常連と思われる中年男性が、数名コップ酒を傾けていた。料金は2時間で2000円ポッキリ。全店舗共通らしい。日雇い労働の人たちだろうか、哀愁が漂う。
カウンター越しの彼女は、まるで大阪のお母ちゃんのような関西弁で、くだを巻くおっちゃんたちをいなし、上手い日本語でドラマ『Dr.コトー診療所』の主題歌だった中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」を歌った。
そこは大阪でありながら中国であり、中国でありながら、日本各地からやってくる出稼ぎ労働者たちのふるさとになっていた。
地元の人からこんな話を聞いた。
「カラオケ店は表の顔。奥の階段から2階に上がれば、布団が敷かれていて女性が待っているんですよ」
本当かどうかはわからない。
支払いの時、私は中国の通貨、「元」が使えるかどうか聞けばよかったと後になって後悔した。今思えば、あのカウンターの女性は、「元、いけますよ! おおきに!」と言いそうだった。
徐々に中国経済圏が出来上がっているように見えた。