コロナで「活動の場」が激減…
宮脇 もう必死でしたね。「ここで諦めたら悔しい」という気持ちだけで。ファンの人もしんどかったと思います。楽しんで私たちを応援するというより、なんとかしないといけないと踏ん張っている私たちを支えてくれていて。でもその時思ったんです。それって、アイドルとしてどうなんだ。違うよなって。
だから4人になったときに、もう一度自分たちの足場をしっかり固めよう、と。自分たちの方向性をもう一回見直して、等身大の自分たちを出していこう、と決めました。
ただ、正直その後も同じような危機が何回もあって。アイドルって、なるのは難しくないんですけど、続けるのがとにかく難しい。メンバーが固定しない状況が何年も続いて。やっと固定したと思ったら誰かが卒業しちゃったり。アイドルあるあるなんですけど……。
そういうタイミングできたのが、コロナ禍だったんです。
──活動の場が一気になくなってしまったんですね。
宮脇 はい。途端に生きていけなくなりました。2018年に自分たちで姫路にライブハウスを設立したばかりだったんですよ。家賃を払わないといけないので、プロデューサーが気を利かせてくれて、いち早く配信ライブに切り替えました。
──時代を先取ってますね。
宮脇 ただ収入はなくなったので、一人暮らしの子は途端に生きていけなくなって。一番きつかった3か月ぐらいは、事務所が色々お金を工面してメンバーの出演料(ギャラ)を払ってくれたんです。
──そんな時期があったんですね。
宮脇 今でこそマネージャーを1人雇っているんですけど、プロデューサーも事務局長も他のスタッフさんもボランティアで12年間やってくださっているんですよ。売上はメンバーの給料やライブハウスの維持費、楽曲代や衣装代などに当てていて……。私もアイドルをしながら運営の事務仕事を手伝っていたので、どこにどれだけお金がかかるかが見えていたんです。なので、めちゃくちゃありがたいな、ここでアイドルができて良かったと思いました。
大きいアイドルの事務所にいたら見えないものが見えて。コロナを通じて、いかに自分たちが、ご当地アイドルながら大事にしてもらえているか改めて分かったんです。
──母体が小さいからこその気づきがあったんですね。
宮脇 アイドルって、アイドル本人がすごいんじゃなく、支えているまわりがすごい。たくさんの労力やお金がめちゃくちゃかかっている。だから、運営さんにちゃんと日の目を見てもらわないといけないな、と。コロナを経て「運営を見返したい」という思いから「恩返しがしたい」に変わりました。
──どうやってコロナ禍を乗り越えたんですか?