鍵っ子じゃなくて紐っ子

 さて、それじゃ大滝さんにうかがいます。子供時代、もっとも鮮明な記憶というと?

「いちばん覚えているのは、やっぱりファーストの中袋の写真かな。子供時代の。あのとき、俺が何を持っているのかっていうのがポイントなんだよ。実を言うと、そういう意味合いがあってあの写真使ったの。自分史っていうかさ、そういうの流行っちゃったんだね。ニルソンが自分の子供のころの写真をアルバムのジャケットに使ったりとか、自分史をちょこっとそういうふうに見せるっていうののひとつね」

ファーストの中袋の写真

――『ハリー・ニルソンの肖像(Harry)』(69年)ですね。

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「そう。で、何を持ってるか。これがハーモニカなんだね。この場所、学校なの。おふくろが働いていた学校のどこかだったと思うんだけど。そのときハーモニカもらったらしいんだよ。クリスマスのプレゼントで。おふくろが好きだったビンクロ(ビング・クロスビー)の〈ホワイト・クリスマス〉(42年)のSPレコードを蓄音機でかけて、先生方がみんな集まってクリスマス・パーティをしたらしいのよ。俺がそこに行って、ハーモニカをプレゼントでもらったんだ。おふくろがくれたのか、誰か他の人にもらったのか、それはよくわからないんだけど。そういうわけでね、ビンクロがかかるとよく言うのよ、いまだに。おふくろが昔語りでね」

――音楽絡みのいちばん古い記憶なんですね。

「そうみたい。そのときに聞いたビンクロの、ああいう歌い方ね」

――クルーナー的な、ソフトでジェントルなヴォーカル。

「まあ、こじつけでしかないんだけども。この写真をファーストの中袋に使った理由は、そういうことなんだ。母ひとり子ひとりだからさ、あまり迷惑にならない程度におふくろは俺を連れて行くわけじゃない? 学校に。そうすると休み時間かなんか、どうしても他の先生方のマスコット的な存在になるでしょ。アメか何かくれて、必ず童謡を歌わされていたみたい。これがよく歌うんだってさ」

――歌うのが好きな子だったんですね。

「アメ玉もらうと、すぐ歌うんだって。ずいぶん歌わされたって言ってたよ、童謡ばっかり。〈めだかの学校〉とか、そういうの。だから、歌は好きだったね。いまだに好きだけどさぁ。あとはしゃべるのも好きね。得意だったみたい、子供のときから。ひとりで黙ってても退屈だから、なんかしゃべってたんじゃないのかねぇ」

――それも今と一緒じゃないですか。ずっと何かしゃべってる。

「確かにね。あと、ほら、俺を学校に連れて行けないとき。家に置いて行かれることもあって。そうすると、紐付けられていくわけ」

――紐付け?

「どこかにふらふら出て行かないよう、長い紐につながれてタンスに結ばれるのよ。おかげで、その紐分の半径しか動けない。鍵っ子っていうのは聞いたこともあるけど、紐っ子ですよ。それでも暴れる様子もなく、おふくろが家に帰ってくるとね、ちょこんと座って何かしてるんだって。それを見て、また母はほろろと涙するのね」

――紐の半径内にいろいろ置いてあったんですか?

「3つ、4つのころにはもう蓄音機はあったね。あともうちょっとたったころにはラジオも。で、またおふくろの話になっちゃうんだけどさ。年末になるとみんな集まって、慰安会っていうかさ、そういうのをやって、踊るんだよ。俗曲。藤本二三吉の〈梅は咲いたか〉だとか〈梅にも春〉とか」

――端唄ですか。

「そう。結局、近所で蓄音機持ってるのがうちだけだったから。そうすると町内会なんかで盆踊りの大会とかあるときはさ、結局うちに来ちゃうわけよ。なんか、おふくろは何カ月分かの給料を一気に注ぎ込んで蓄音機買ったらしいよ。気楽なんだよね。亭主がいるわけじゃないし、俺だけでしょ。赤ん坊はそう食うわけじゃないからさ。何カ月分かぼーんと入れてもなんとかなったわけだよね。レコードも自分の好きなものだけでなく、そういう町のみんなでやるっていうようなものも買わなきゃいけなかったみたい。それで俗曲とかの踊りを練習する。レコードのジャケットに振り付けが書いてあるんだよね。その振り付け通りに自分で♪梅にも~……って、こうやって、ね。そういうとき、レコードの回し役、やらされるんだよ、俺が」

――お、早くもDJじゃないですか。

「何でもやらされたよ。一所懸命やった。好き嫌いじゃなく、ね。蓄音機の鉄針も替えなきゃならないしさ。その横ではおばちゃんたちがみんな気分よさそうに踊ってて。今の部分、もう一度……とか言われて、針を戻したりしてさ。スクラッチだね、もはや。生まれながらにしてのDJだよ。じゃんじゃかじゃんじゃかかけてた。童謡もあったな。♪あの子はだぁ~れ……とかね。〈子鹿のバンビ〉とか。もちろん歌謡曲も多かった。大津美子の〈ここに幸あり〉(56年)とか、若原一郎のレコードとか、三橋美智也〈君は海鳥渡り鳥〉(55年)、春日八郎〈別れの一本杉〉(55年)、島倉千代子〈この世の花〉(55年)。いい声だったなぁ。(美空)ひばりもあったよ。〈流れのギター姉妹〉(53年)。当時のSP盤って盤の真ん中のレーベルに歌手の顔写真がデザインされていたり、絵が描いてあったり。そういうところも気に入ってたんだよね、妙に。カラフルで。三橋も春日も回るんだよ、顔が。あとは林伊佐緒とか、真木不二夫とか。真木不二夫は岩手で育ったらしくて、おふくろはそれで買ったって。やっぱり田舎の人だよな。郷土愛に燃えてるもんな。それは俺にしても同じ。ある。アイデンティティってやつなんだよな」

幸せな結末 大滝詠一ができるまで

萩原 健太

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