駅ビルの原型は豊橋から生まれた

 もちろん市民もただ出資するだけではなかった。駅舎の中に店を開いたのだ。

 完成したのは1950年。木造2階建てで、1階には床屋や果物屋、お菓子屋さん、おもちゃ屋さん。2階には市民出資の豊栄百貨店が入った。

 
 

 このタイプの駅舎は“民衆駅”と呼ばれ、全国各地に広がった。いわば、現在の駅ビルの原型だ。新宿のルミネも、もとは民衆駅からはじまっている。そう思えば、すべては豊橋さまさま、なのである。おっかない……なんて言ってスミマセン。

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 そしてもうひとつ、豊橋は渥美半島への玄関口でもある。駅の南東、デッキで繋がった先に、豊橋鉄道の新豊橋駅という小さなローカル私鉄の駅がある。

 

 これに乗り込んだ先には渥美半島、伊良湖岬が待っている。せっかくだから、足を伸ばしてみようと思う。

撮影=鼠入昌史

次の記事に続く 《あちこちに痕跡が》渥美半島の“地の果て”まで…87年前に“完成間近”で消えた幻の路線「渥美線未成区間」の跡をたどる

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