――5歳の時から日本で暮らしているMOHAさんも、スーダンの悪政を感じることが多かった?
MOHA 毎年夏休みの1ヶ月しかスーダンには帰らないのに、毎回のように危険な事件に遭遇していました。道路に全裸の遺体が捨てられていて、車の中で母に目を隠されたこともあります。家にはショットガンやライフルが常備されていました。そうした状況を目の当たりにしてきたので、スーダンが危険な国だという感覚は幼少期からずっとありました。
スーダンにいる10代のいとこは、AK-47(自動小銃)を持ち歩き、いつでも戦えるようにしています。
僕自身はほとんど日本で暮らしてきたので、スーダンの政治状況について詳しかったわけではありません。ただ、戦争が始まったことで、それまで見えていなかった問題が明るみに出た部分は多いと思います。
搾取される側にあり続けてきたスーダンの現実
――これまで報じられてこなかった部分がたくさんあった?
MOHA ありました。想像していた以上に、光が当たってこなかった事実が多かったです。特に、スーダンで採れる金が周辺国へと密輸されているという報道が出たことは、とても大きな出来事だったと思います。
本来であれば、その国の人々の未来や生活を豊かにするはずの資源が、気づかないところで外へ流れ、別の誰かの利益になっている。その現実を知ったとき、胸が締めつけられるような感覚がありました。
スーダンは決して何も持っていない国ではない。豊かな資源も、強い文化も、誇りもある。それでも、地理的な立場や国際関係の力学に翻弄され、周辺国や大国の思惑に左右され続けてきた歴史がある。搾取される側に置かれ続けてきた構造が、今もなお残っていると感じています。
だからこそ、この現実を知ること、そして伝えることに意味があると思っています。見えなかったものを見えるようにすることが、少しでも未来を変える一歩になると信じています。
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