「青森に行く時も、札幌に引っ越す時もぜんぶ後から聞いた」
そう苦笑いするのは、父であり98年長野五輪代表選手の好幸さんだ。地元常呂からチーム青森に加入するのも、フォルティウス入団で札幌行きが決まった時も、すべて事後報告。実家に帰ってもカーリングの話はほぼしない。この正月の帰省も「姪とたくさん遊んでました」と好幸さん。きっと近江谷なりの最適なリラックス方法だったのだろう。
長野五輪代表選手だった父・好幸さんの「小さな願い」
すべて自身で決断し、実行してきた。
それでも「多くの同級生がカーリングやってましたけれど、私だけが今も(氷上に)残ってるってことは、やっぱり父の存在は潜在意識のどこかにあったのかなと思います。自分はカーリングっていう道から外れないんだろうなみたいな感覚も」、近江谷はそんなことも言う。父娘での五輪出場はカーリング界では今のところ唯一だ。
その父は、実家ではカーリングの話をほとんどしない娘にはあえて伝えなかったが、小さな願いがあると教えてくれた。
「現代のカーリングではスイープは重要なプレーです。(吉村)紗也香の投げる石を(小野寺)佳歩と一緒に掃いて、Tライン前までNo1ストーンを運ぶ。そんな場面が見たいですね」
好幸さんの願う場面は中国戦で見られるだろうか。最終戦、近江谷のセットアップで起点を作り、吉村のショットを運び複数得点を取る。彼女たちのらしさが詰まったゲームを期待したい。
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