「童貞芸人」から一躍、電撃結婚を果たしたカカロニ・栗谷(36)だが、そもそもなぜ35歳まで彼女ができなかったのだろうか。
学年で一番足が速くサッカーでも活躍して俺様キャラだった小学生時代から、顔の手術を経て女性と話せなくなるきっかけとなった中学校での「事件」。
高校・芸人時代も一貫して“モテない”道を歩き続けた栗谷の話を聞いた。
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――昨年末に結婚した女性と交際するまでは恋愛経験がないとのことでしたが、小学校時代にさかのぼって栗谷さんのことを教えていただけますか。
栗谷 小学生の時はモテる側だった気がします。小学校の時って足の速さが一番の武器じゃないですか。小学1年生でサッカーを始めて、そこからずっと足も学年で一番速くて「栗ちゃんかっこいい」と言われていました。「俺様」みたいな感じで、すごく生意気だったと思います。
「そこから、学校でのヒエラルキーがガコンと落ちました」
――小さいころからスポーツが得意だったのですね。
栗谷 でも小学6年生の時に、生まれつきの病気で顔の手術をしたら、顔の下半分がなんというか“溶けた”感じになりました。近所の子がお見舞いに来てくれて、カーテンをシャッと開けた時のびっくりした表情はいまでも忘れられません。そこから、学校でのヒエラルキーがガコンと落ちました。
――周りの反応が変わってしまった。
栗谷 タイミング的に「足が速ければモテる」のがちょうど終わる時期も重なって、顔が変わったことで一気に扱いが悪くなりました。
――モテの優先順位が変わってしまった。
栗谷 サッカーはうまかったので、中学ではサッカー部じゃなくてクラブユースに入ってたんですけど、それも学校で浮く原因だったと思います。授業が終わったらすぐ帰って練習だったから、学校の同級生と遊ぶ時間がほとんどない。みんなが男女でプリクラを撮りに行ったりしている間も僕はずっとサッカーで、溝が大きくなっていきました。

