一等席だったら、3列の席に移動しかったら…
それは私自身の運命そのものを見るような戦慄であった。もし、広瀬さんの最初の希望どおり一等席をとっていたら…我々は二人とも死んでいたろう。機体の後半部、一等席が全滅なのである。もし、あの時広瀬さんが3列に席を用意して呼んでくれなければ…私だけが死んでいたろう。脱出の興奮がさめ、事態の恐ろしさが分かってくるにつれて、私は恐怖のあまり胃のあたりがはげしく圧迫されるように痛むのをおぼえた。
空には暗い雨雲がかかり、ふたたびはげしいスコールが襲ってきた。私は雨に叩かれながら、ただ「あの好人物のヨーさんは死んでしまったのだろうか。よいオヤジだったのに。ランゴワンの宅ヘ泊まりがけで蝶を採りにきてくれと言ってくれていたのに。私のノートに住所を書いてくれたばかりだったのに。私のあげたピースをうまそうに吸っていたのに…」と思いつづけた。私の頰を伝わる涙はなぜか、ゆきずりの異国の人の人柄を惜しむ哀惜のものであった。
夕方、ミナハサ州副知事のタンバヨンさん宅に疲れた身体を休めていると、雨の中をなにも知らない原田さんがジープで帰ってきた。そして私からいきさつを聞くと「えっ、本当ですか!」と言ったきりたちまち顔が蒼白になり、むき出しの日焼けした腕に鳥肌が立つのが見えた。
それほど死とは怖いもの
夜、ベッドに入るとまたしても昼間の光景がありありと脳裏に浮かぶ。自分はあの事故にはまったく関係ないのだ、死ぬ可能性などまったくなかったのだ、と一生懸命自分を安心させようと頭の中で試みる。それでも恐怖はまた襲ってくる。そのくり返しでどうしても眠れなかった。
それほど死とは怖いものだということが分かった。
翌朝、目をさました私はベッドのなかで体を伸ばした。たちまち昨日の恐ろしい出来事が頭の中で鮮明な画像となって浮かびはじめた。
「やめろ。あれを思い出すとここでの生活が駄目になる。」
私は自分に向かってはげしい叱咤をあびせ、そうすることによって忘却の時間を少しでも稼ごうとした。暗い所で毛布をかぶっていろいろ考えるのはいけないことだ、と思った。