元日本マイクロソフト業務執行役員で、新著『The Giver 人を動かす方程式』が話題の澤円氏と、米マイクロソフトの現役エンジニアとして活躍する牛尾剛氏の対談が実現。同社の劇的なV字回復の裏側にあった「カルチャーの変化」から日本文化の落とし穴まで存分に語り合った。

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澤円氏

“数字が出せなかったら人でない”空気の職場

 牛尾さん、ご無沙汰しております。SNSでは繋がっているから、あまり久しぶりな感じはしませんけどね。

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牛尾 今日は対談をすごく楽しみにしていました。早速ですが、新著『The Giver』を読ませていただいて、澤さんのコミュニケーション力の解像度の高さに改めて驚きました。澤さんのプレゼンのすごさを一次体験として知っている僕でも、「こんな風に考えて設計し、動いていたのか」と、手の内を覗き見た感動がありました。

 ありがとうございます。今回は長年無意識にやってきたGiverのマインドセットを一度きちんと言語化してみようと思ったんです。

牛尾 特に面白かったのが、マイクロソフトのスティーブ・バルマー時代の話です。僕はサティア・ナデラ体制になってからの入社なので、今とは全く違うと言われるその時代の社内文化を直接は知らないんですよ。

 2代目のバルマー時代は、彼自身がITをあまり分かっていないから、テクノロジーへのリスペクトが薄れてしまったのが致命的でした。さらにCOOのケビン・ターナーが「スコアカード」という管理制度を導入した影響で、“数字が出せなかったら人でない”という空気になったんですよね。

 そしたら、新興勢力がどんどん台頭するなか、数字至上主義を掲げたマイクロソフトだけが連戦連敗――スマホでも検索エンジンでもクラウドでもゲームでも負けた。世間からは「悪の帝国」なんて叩かれるし、社内もTaker(=奪う人)だらけでギスギスしていました。

牛尾 サティアの著書『Hit Refresh』にも書いてあった部署間の対立ですね。

©AFLO

 そう。バルマー時代の「Taker文化」を象徴するエピソードがあるんです。実はある製品のリリースが、別の部署の圧力で止められていたんですね。その製品そのものは随分前に完成していたのに、「自部門の製品戦略の邪魔になる」ということで、部門トップのパワープレイによって、リリースができなかったのです。

牛尾 まさにセクショナリズムの壁ですね!