アンケートは象徴的な一例にすぎませんが、この「ギブ・アンド・テイク」の公平性重視というマッチャーマインドが社会の至るところに蔓延し過ぎていると思います。普段は寡黙でおとなしい国民性なのに、列の割り込みとか、わずかでも平等性が乱されると異常に怒るでしょう? 接客なんかでも、感情的配慮もふくめて平等に与えられるのが当然で、わずかでも“人より劣った扱いをされた”と感じると憤りを覚えてしまう人が多い。突然ですが、先進国G7で日本にだけ全くない制度は何かわかります?

牛尾 んっ、なんだろう?

 教育の「飛び級」なんですよ。日本ではどんなに賢かろうが低学力だろうが、公立校では同じ授業を受けるというのを、横一列でやらされる。この行き過ぎた平等性が、「与えられるのが当然」というマインドを生み、Giver文化を潰している気がしてならないんです。

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「俺を説得してみろ、俺のメリットはなんだ」

牛尾 なるほど。日本企業でよく見る「自分は何も動かないのに、文句だけは一人前に言う人」も、マッチャー気質の変形かもしれません。かつて僕が様々な日本企業に対してアジャイルの導入支援を行っていたさい、よく見ていました。自分はなにも貢献せず、むしろ動く人たちを邪魔しているのに、「俺を説得してみろ、俺のメリットはなんだ」と要求してくるようなお偉いさんたちを。

©AFLO

 日本の場合、ある役職にいること自体が仕事になっているから、そんな奇妙なことがまかり通るんです。日本でたびたび耳にしてきた「私は部長職ができます」みたいな自己紹介、外資なら「で、あなたのバリューは何?」と聞かれて終わりです。ポジションは与えられたものであって、その人自身の能力ではない。

牛尾 僕が今アメリカで働いていて感じるのは、「ポジションにいること自体」を仕事にしている人がいないことです。無能なら即ファイヤー(解雇)される厳しい環境ですが、だからこそみんな互いに助け合って必死にバリューを出そうとする。

 あと、僕が長くかかわっているオープンソース(OSS)のコミュニティは、ある意味「Giverの訓練場」かもしれません。完全なボランティアの世界で、互いに自分が学んだことをシェアし、便利な技術を使わせてもらっているから自分もコントリビュートする。そこでお金を儲けようという意識は微塵もありません。

牛尾剛氏

 オープンソースの概念が最初に出てきたとき、日本人の反応は非常に特徴的でしたね。「いったい何の得があるんですか?」と聞く人がものすごく多かった。

牛尾 いかにもマッチャー的な発想ですよね。