1995年。日本中を震撼させたオウム真理教の拠点・上九一色村のサティアンから、53人の子どもたちが救出された。顔面は蒼白で、頭にはヘッドギア。警察によって保護され、児童相談所に運び込まれた彼らが見せた素顔とは。
NHK「クローズアップ現代」取材班による『オウム真理教の子どもたち 知られざる30年』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋して紹介する。
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ほぼ全員が「顔色不良」
11時56分、一時保護は終わった。1人目の保護から約1時間がたっていた。最終的に保護した人数は53人と確定し、大型バス1台、マイクロバス1台の計2台で、甲府市の児童相談所に向けて出発した。
子どもたちの保護は、昼のトップニュースになった。テレビを観ていた児相職員の間に緊張が走った。判定課長だった保坂三雄さんは「いよいよこの子どもたちがここにやってくる」と、身震いしたことを覚えている。
記録によると、児相は午後2時30分、所内会議を開き、子どもたちの受け入れ手順を確認している。子どもが到着次第すぐに健康診断を行うこと、一時保護所だけではなく、隣接する婦人保護相談所(現・女性相談支援センター)の施設でも子どもを預かってもらうことなどを改めて申し合わせた。
2時55分、子どもたちを乗せたバスが、児童相談所に到着した。それまでに児相の玄関前には、新聞社やテレビ局の記者、カメラマンが集まっていた。NHKのカメラが、児相に子どもたちが運び込まれる瞬間をとらえている。
警察官によって次々に建物に運び込まれる子どもたちの頭にはヘッドギア。服は薄汚れ、外の光を浴びていないためか、肌は透き通るほど白い。
初めて対面した子どもたちに、保坂さんたち児相職員は健康状態を心配するとともに、異様な雰囲気を感じ取った。
「全員が、顔色が真っ白というか、真っ青の子どももいました。頭には白いヘッドギアをつけた得体の知れない集団。あまり言葉は発しない。要するに、我々は警察と同じ敵だと思われていましたからね。本当にどこか違う世界から来た子どもたち─そういう印象を持ちました」
53人の中には衰弱した子もいた。
4歳の男の子は立っていられず、毛布の中に寝転んだ。そのとき、うっすらと目を開けて「ここは現世?」と尋ね、周囲の職員たちを戸惑わせた。
