食事を終えた後の風呂も大変だった。子どもたちが入った後のお湯は、垢や汚れで真っ黒になり、何度も湯を入れ替えなければならなかった。また、シャワーを使って自らの体を洗うことができず、風呂場で立ち尽くす子もいた。子どもたちは第10サティアンでほとんど風呂に入っていなかったのだ。こうした子どもたちの行動から、適切なしつけや教育を受けていないことがうかがえた。
風呂に入って、児相側で購入した新しい服に着替えると、子どもたちは見違えるようにかわいらしくなった。職員に甘えるような子も出てきたという。
サティアンへ帰りたいともらす子
男子は児相敷地内の一時保護所、女子は隣接する婦人保護相談所と、二手に分かれて寝ることになった。ところが、興奮しているのか、子どもたちはなかなか寝つかない。この日の日誌には、ひそひそと話す声が夜勤の職員に聞こえたことが記されている。
10時頃就床。警官に連行されてきたことを「逮捕」と呼び、児童相談所というよりは警察署という理解をしていた。「逮捕」の状況をお互いに話し合っていたが、職員に聞こえていることを気にしていた。〈中略〉第10 サティアンへ帰りたいともらす子もいた。
こうして、児相の慌ただしい1日は終わった。この日、所長や次長など幹部と夜勤者が児相に泊まった。それ以外の職員が退勤したのは午後11時30分頃だったと記録されている。以後、職員は1か月近く、連日のように残業や夜勤が続き、疲弊していく。児相の出入り口は、相変わらず警備の警察官が厳重に警戒していた。
この間、NHKをはじめとする報道各社は、児相の周囲から離れなかった。「早朝から夜まで当所の周辺に張りつき、また電話取材も続き、職員が閉口する状況が続く」と、記録に残っている。さらに、子どもの保護者や親族と称する人たちの問い合わせの電話も鳴りやまなかった。
矢崎所長は記者会見を開き、「子どもたちは元気に過ごしている」と発表せざるを得なかった。保護した子どもの様子について公表するのは、異例のことだった。この会見はNHKの全国ニュースで流れた。今や、山梨県中央児童相談所には、日本中の視線が注がれているといっても過言ではなかった。
