5歳でオウム真理教に出家、教団施設で幼少期を過ごした加奈さん(仮名)だったが、小学生の頃に麻原彰晃が逮捕されたことをきっかけに教団から距離を置くことになった。それでもオウム真理教との縁が完全に切れることはなく、同級生たちに隠れて“道場”に通う日々が続く。

 そんな加奈さんを待ち受けていたのは、社会に出てからの壮絶な挫折だった。時間を守れない、ルールがわからない――。人生につまずいた彼女を待ち受けていたもの、そしてそのきっかけとは。NHK「クローズアップ現代」取材班による『オウム真理教の子どもたち 知られざる30年』(集英社インターナショナル)の一部を抜粋して紹介する。

オウム真理教信者の転入に抗議し、デモ行進する住民ら(栃木県大田原市佐久山) ※オンライン記事にのみ使用している写真です ©時事通信社

◆◆◆

ADVERTISEMENT

オウム反対の住民運動を横目に

 高校生活を送るうちに、加奈さんの足は道場から次第に遠のいていった。高校での友達や部活動の仲間と過ごすことのほうが楽しくなってきたからだ。

 さらにこの頃、加奈さんは新たな葛藤に直面していた。

 オウムが起こした一連の事件のニュースに触れ、事実を知っていくうちに、自分は加害者側にいるということに気がついたのだ。

 テレビでは、裁判のニュースのたびに、サリン事件の被害者遺族のインタビューが流れている。いくら子どもで知らなかったとはいえ、自分が所属している教団がサリンをまき、多くの人が亡くなったことから目を背けることはできなくなったのである。

 さらに、この頃、教団施設があった埼玉県越谷市や八潮市などでは、退去を求める住民運動が広がりを見せていた。自治体も信者の転入届を受けつけないなど、対決姿勢を強めていた。

 国の資料によると、1999年5月時点で、全国16都道府県約40か所に教団の拠点施設があり、19都道府県約130か所に出家信者の居住施設があった。信者数は出家・在家含め、約2100人にのぼり、地域住民との摩擦が社会問題になっていた。加奈さんはその渦中にいた。

 住民運動を目の当たりにすることもあった。越谷市内の道場ではなく、八潮市や東京都世田谷区の道場に行ったときのことだった。退去を求める横断幕や、住民の抗議を横目に、施設の中に入っていかなければならないのは苦痛だった。

「この教団と関わっていくことにメリットはない。関わることを嫌だなというふうには思いましたね。だから住民運動のほうが正しいというか、そりゃ来てほしくないよね、出ていくべきなんだろうなとは思っていました」