加奈さん自身に、住民から直接「出ていけ」などと言われた記憶はない。しかし、自分が所属している教団への強い風当たりは、ひしひしと感じていた。

「『修行して何の意味があるの?』とは思っていましたね。ただ…」

 だからこそ、高校でオウムのことを話さないのはもちろんのこと、道場に行く姿を同級生たちには絶対に見られたくなかった。

 他方で、オウムの子たちの間で、高校生活が楽しいという話も決してしなかった。

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 加奈さんは、道場でオウムの子たちと過ごす時間と、高校の友達と過ごす時間をはっきり分けることにしていた。

「二重生活じゃないですけど、それぞれの生活は別にあって侵食されたくないという思いがありました。オウムには、高校での普通の生活の中に踏み込んできてほしくなかったんだと思います」

 それでも加奈さんは、オウムと完全に決別することはできなかった。高校の同級生にも言えず、修行も嫌だったのに、なぜ道場に足を運んだのか。

「教団としての加害性がわかっているうえで、『修行して何の意味があるの?』とは思っていましたね。ただ、小さいときから修行しないと地獄に堕ちるといわれていて、それは染みついているので、やらないとなんとなくそわそわするというか。地獄に堕ちるんじゃないかという不安が、どこかに残っているんです。高校生ぐらいのときはまだ、不安と友人と遊んでいたいという思いが両方ありましたね。だから行くことは行くけど、何もしないみたいな感じでした」

 複雑な感情を抱いたまま、道場に通い続けた加奈さん。そこで育ってしまった以上、オウムと自分の人生を切り離すことはできないと感じていた。しかし、道場の子たちと、オウムとの向き合い方で距離を感じることもあった。

いまだオウム真理教代表の麻原彰晃被告(本名、松本智津夫)の写真が張られる教団内部(東京都足立区のオウム真理教施設) ※オンライン記事にのみ使用している写真です ©時事通信社

 忘れられないのが、上九一色村のサティアンに戻りたいと言った子が一定数いたことだ。「この子たちはまだオウムなんだ……」と驚いたことを覚えている。一方で、教団のことを嫌い、絶対に関わりたくないと口にする子もいた。上九一色村にいた頃から子どもたちも成長し、自分で教団との向き合い方を選択できるようになっていたのだ。

 加奈さん自身は、積極的に教団に関わるわけでもなく、過度に嫌うわけでもない。「中立」の立場だったと自覚している。