不調にあえぐ中、フォームの「魔改造」で大復活
菅野さんが20年に14勝で「最多勝」のタイトルを獲ったあと、21年は6勝7敗、22年は10勝7敗、そして23年は4勝8敗でした。菅野さんの不調時にもキャッチボールをさせてもらっていました。23年終盤、菅野さんは久保康生投手コーチとともに、「魔改造」と呼ばれた投球フォーム見直しに着手し、腕を「縦振り」にしました。さらに、ピッチャープレートを踏む位置を、一塁側から三塁側に変更するなど、いろいろな改造を試みました。
23年と比較すると24年に投げるキャッチボールの球そのものが、見違えるように伸びていました。「2段階伸びる」という表現をした人もいたほどです。4勝から15勝に引き戻したのも納得の球威、球質、球のキレでした。
2024年、35歳のベテランになった菅野智之投手の復活(3度目のMVP)の姿を見て、勇気づけられた野球ファンは多かったのではないでしょうか。
僕は、年齢が11歳上の菅野さんと過去5~6年一緒にいさせていただきました。すごく頼りがいのある先輩ですし、いろいろと勉強させていただきました。
「打たれて負けて、思うようにいかなくて、メンタルが落ちそうです」(戸郷)
「そんなこと、野球人生ではよくあることなんだよ」(菅野)
勝ちがあれば、負けもあるのが勝負事です。特に「野球はメンタルスポーツ」と言われます。「だからこそ、気持ちの切り替えが重要なんだ」と教わりました。菅野さん自身、全盛期の2020年オフに新型コロナウイルス感染拡大の影響で、メジャーへのポスティング移籍を断念しました。あのスーパースター・菅野さんであっても、つらいことがいろいろあったのだと思います。
35歳を迎えた24年も、ベテラン選手が引退していく中、同い年の小林誠司捕手と話したそうです。
「なあ誠司、俺、あと何試合投げられるのかな。どうせやるなら楽しんでやろうよ」
「最優秀バッテリー賞」に2度輝いた“スガ・コバ”コンビ。きっと、バッテリー間18.44メートルを、球種のサインを介して「会話」していたのでしょうね。
そういえば、除夜の鐘を108回打つのは、人間の悩みや迷いをはらうためですよね。硬式球の赤い縫い目も同じ108あります。まだ若い僕には野球人生、わからないことも多いです。菅野さんは敢えて口に出さずとも、「苦しいこと、試練があっても乗り越えるんだぞ」と、僕にはキャッチボールの白球を介して語りかけてくれていたのだと思います。