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甲子園でホームランを打たれたことが誇り

 鈴木が言う「あの企画」とは同じ2016年8月に発売された『Number』の特集「甲子園最強打者伝説」だ。表紙をPL学園時代の清原和博氏が飾り、巻頭14ページの記事には彼に甲子園でホームランを打たれた相手投手たちの証言が掲載された(のちに『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』として単行本化)。

2016年8月に発売されたNumber908・909・910号「甲子園最強打者伝説」

「取材したどの人も、清原さんにホームランを打たれたことを後悔せず、むしろ誇りにしていたのが印象的でした。そして、だからこそあの事件については『なんでなんだ』というやるせない思いと、『俺で出来ることがあるなら力になりたい』という励ましの気持ちを語っていました」(鈴木)

「清原です」見覚えのない番号からの着信

 雑誌の発売から2週間ほど経ったある日、新幹線で移動中の鈴木の携帯電話に見覚えのない番号から着信があった。

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「出ると向こうが『清原です』と名乗ったんです。僕は最初いたずら電話かなと思ったんですが、続けて『ありがとうございました。感動しました。ただ、それだけ伝えたくて電話しました……』と、受話器の向こうの声が震えていたんです」

 それは清原氏本人からの電話だった。鈴木が続ける。

「当時は保釈後すぐに入った病院を退院してマンションで暮らしていた時期。週刊誌にその様子を撮られたのでずっとカーテンを閉め切って部屋の中に閉じこもっている間に、僕らがアプローチしていた関係者を通じてあの特集号を渡されたそうです。

 清原さんは電話口で高校時代のことをしゃべり始めて、今は『清原和博として生まれてきたことまで後悔しています』と。でも『必ず立ち直ります』と最後は言って、20分ほどで電話は切れました。今にして思えば、その20分の電話に『告白』で語られた内容のエッセンスは凝縮されていた気がします」

上の空で『はあ』『ええ』としか答えられない状態だった

 想いは確かに清原氏本人に届いた。その電話もきっかけとなり実現したのが翌2017年6月『Number』930号に掲載された独占インタビューだった。

2017年6月に発売されたNumber930号「清原和博『告白』」

「当初は前年の12月にインタビューを予定していたのですが、その直前に体調を崩し、ドクターストップがかかったんです。再び体調が戻って人前で話ができるようになったのがそのタイミングでした」(鈴木)

 清原と初めて顔を合わせた日のことが松井には強く印象に残っている。

「1度延期になっていることもあり、インタビューをする前に、本人の様子を確認する意味も含めて、顔合わせの挨拶に伺ったんです。その時の様子は現役時代とは比べ物にならないものでした。恐らく、薬物依存症の治療のために使っている薬の影響なんでしょうが、何を聞かれても上の空で『はあ……』『ええ……』としか答えられなくて。1回もこちらに目を合わせようとしない。というより人の目が見られないという感じで、正直この状態でインタビューが成立するのかと不安になったのを覚えています」