「僕は、世界の王選手を世界の王監督にしたかった」
イチローに改めて、前夜のどの瞬間が浮かんでくるかと訊ねたら、彼は「どのシーンも出てくるなぁ」と言いながら記憶の中に刻まれた歓喜のシーンを巻き戻し始めた。やがて、イチローはライトのポジションから目に焼き付けたある光景のことを話し始めた。
「最初に浮かんでくるのは、最後、大塚(晶則)さんが三振を取った瞬間ですね。みんなが喜んでいる姿が、なんだか子どもの集まりに見えました。一つの結果に対して、大の大人が恥ずかし気もなくあんなに喜んで……僕もそうだったんでしょうけど(笑)。
そういうのって、年齢を重ねれば重ねるほど失っていくものじゃないですか。恥ずかしくてできないっていうのならまだいいですよ。本当になくしてしまう人ってけっこういると思うし、だからこそスポーツっていいなと思うんじゃないかな」
ゲームセットの瞬間、イチローは拳を握りしめた。そして、1時間近くも続いた歓喜のグラウンドから姿を消す直前、彼は両手で指揮者のマネをしてスタンドからのイチローコールを盛り上げてみせた。その間、仲間と抱き合い、世界の王を胴上げして、メダルをかけてもらい、日の丸を手に高々と掲げた。
「終わったあとの日の丸は、僕が持たなきゃ絵にならないだろうと思っていたので(笑)、願ったり叶ったりでした。監督は、重かったですねぇ……僕は、世界の王選手を世界の王監督にしたかった。それがすべての始まりでしたから、その充足感はありましたよ」
日の丸を手にしたまま、王監督のもとへ歩み寄ったイチロー。そのとき、風がイタズラをして、二人を日の丸がふわっと包み込んだ。ほんの一瞬、日の丸に包まれた中で、イチローはすべてが報われる言葉を耳にした。
『ありがとう、君のおかげだ』
「最後にそう言って頂けたことが僕は何よりも嬉しかったんです。あれほどのスーパースターでありながら、それでも選手を立ててくれる。本当に凄いと思いました」
