第1回WBCで不振にあえぎ、チーム内の温度差や混乱にも直面しながら、誰よりも重圧を背負い続けたイチロー。アメリカ戦で放った先頭打者ホームランに込めた覚悟、そして“変貌”と評された振る舞いの真意とは何だったのか――。ベースボールジャーナリスト・石田雄太氏の著書『イチロー・インタビューズ完全版』(文春文庫)より一部を抜粋し、孤高のリーダーが明かした舞台裏を紹介する。(全3回の1回目/2回目に続く)

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不振にあえぐ中でもイチローが胸を張っていた理由

 イチローにとって辛かったのは、1次リーグで思うような結果を残せなかったことだった。日本のチームと4試合戦った練習試合では16打数3安打、.188、1次リーグの3試合でも13打数3安打の.231。

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 メジャーのピッチャーはほとんどが「1、2、3」のタイミングで投げてくる。ところが、アジアのピッチャーは「1、2、の、3」のタイミングで投げてくる。しかも、たとえば中国あたりのプロとは言えないレベルのピッチャーが相手だと、速すぎるくらいでちょうどいい反応ができてしまうイチローにとっては完全にタイミングがズレてしまう。

「いや、ズレていないからああなっちゃったんでしょう(笑)。あれに合ってしまうようでは、その後のアメリカで苦労したと思います。ズレないままのタイミングで打てていたから、結果は出なかったけど、とりあえずノーマルの状態を保つことはできました」

 期待が大きい分、結果が出なければ失望感も大きくなってしまう。ましてチームを一人で鼓舞してきた福岡からの流れは、イチローに、当然のごとく結果を求めた。それは、距離感を測りかねていた選手たちにとっても同じだったはずだ。

 だからこそ、結果が出ないことがチームを引っ張っていく上での障害にもなりかねない。それでもイチローは、胸を張っていた。堂々と振る舞っていた。