「あのときの僕を支えていたのは、自分がやってきたことへのプライドと、これからやろうとしていることへの自信でした。ゲームが始まってからは、僕は無理して話しかけたりするようなことはしていません。その後は必要だと思うことをみんなの前で話しただけです。

 そのあたりは谷繁(元信)さんと宮本(慎也)さんに助けられましたね。とくに宮本さんはチームの中のことをよく見ていてくれて、タイミングを見計らって僕の耳元で囁いてくれるんです。気持ちがまとまってないから締めたほうがいいんじゃないか、お前から言ったほうがいいんじゃないかって」

©文藝春秋

選手たちとの温度差

 1次リーグの3戦目。韓国に逆転負けを喫しての、A組2位通過。モヤモヤした不安を残したまま、イチローはアメリカへと旅立った。

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 しかし、渡米してからも、選手たちの温度差を縮めることはなかなかできなかった。アリゾナにある韓国料理の店で選手たちが食事をしていることも、じつはイチローには理解できなかった。

「だって、東京で韓国に負けて、その悔しさを持ったまま次に戦うことがわかっているんだから。そんなときに、コリアン・バーベキューの店には意地でも行かないという気概が欲しいじゃないですか」

 アリゾナでは、ホテルにチェックインする際に部屋が足りなかったり、ユニフォームを忘れる選手がいたり、チームの中からは、まだ混乱と覇気のなさが伝わってきていた。

「アリゾナに着いた頃にはみんなの中に自分たちが勝っていくんだという自信があったとは思えませんでした。アリゾナで、メジャーのチームとオープン戦を3試合しましたが、あのときはさすがに怖くなりました。だって試合に出ているのはほとんどマイナーリーガーなのに、みんなビックリしていましたから……これはまずいなと思いましたよ。本番で戦うチームにはテレビでしか見たことのないメジャーリーガーがバンバン出てくるんです。

 アナハイムでアメリカと戦う試合前も、相手のバッティング練習をまだ一ファンとして見ているように見えました。とてもこれからコイツらと戦うんだという雰囲気ではなかった。近くで見たっていいのに、みんなでまとまって遠くで見ていて、誰も近づかない。そんな中でも自分たちの野球ができるかどうか。その自信は最初はみんなにはなかったと僕は思っているし、でも、何かをきっかけにグッと自信を持つのも確かなんです」

 だからこそ、メジャーリーガーのトップに君臨し続けるイチローは、アメリカ戦の第1打席にすべてを賭けた。その背中を、仲間たちが見てくれていると信じて――。