90年代、抜群のスタイルと明るいキャラクターでドラマ、バラエティー、グラビアと活躍した井上晴美。現在は出身地である熊本に移住し、3人の子供たちと暮らしている。
16歳でデビューした直後には中谷美紀や菅野美穂らも輩出した伝説のアイドルグループ「桜っ子クラブさくら組」に所属していた。デビューのきっかけから、グループ時代のエピソード、さらに当時番組で共演したSMAPの話などを聞いた。(全3回の1回目)
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水泳でインターハイに出場、というのはデマ
――井上さんは現在出身地である熊本にお住まいです。子供の時から芸能界に憧れはあったんですか。
井上晴美さん(以下、井上) 憧れはありました。最初は(松田)聖子ちゃん。あとはミポリン(中山美穂)も好きでした。普通があまり好きじゃなかったというか、できないと言われたことをやってみたいという変な子だったんです。だから親から「アイドルなんて、みんながなれるもんじゃない」と否定されると「でも、どうにかしてなれたりしない?」とむしろ思っちゃいました。
――アイドルへの憧れがある一方、水泳の実力もすごかったそうですね。高校時代にはインターハイに出場したとメディアに書かれています。
井上 水泳は体が弱かったので、子供の頃に始めて、小学校高学年で九州ジュニアオリンピックで優勝しました。ただ、それで尾ひれがついちゃったみたいで、実際はインターハイに出ていないんですよ(苦笑)。だって、高校の頃には芸能界に入っていて、定時制高校に通っていたから。
――インターハイ出場はデマなんですね。結構、いろいろなメディアがそのデマに引っかかってますね(苦笑)。芸能界を目指して、具体的に行動をし始めたのはいつぐらいですか?
井上 お姉ちゃんが私がアイドルを目指すのを応援してくれていて、小学校の頃には「デビュー」とかオーディション雑誌を見て「今度はどれに出してみる?」と相談しながらやっていました。オーディションを受けていると事務所からも声がかかるんです。モデル事務所から声をかけられたこともあったんですけど「私がなりたいのはモデルじゃなく、アイドルだしな」と断りました。

