――えっ、そうなんですか。

井上 だから私たち「桜っ子クラブさくら組」はちょっと肩身が狭い(苦笑)。だってSMAPのファンにとっては女性アイドルが自分の好きなアイドルに近づいたらモヤモヤするじゃないですか。なので、なるべくSMAPとは番組中は目を合わせないようにしてました。SMAP自身は当時人気があったから、メンバーそれぞれ車で移動なんだけど、私たちは電車移動でした。

筆者撮影

「女優さんになるのが一番かな」と…

――「桜っ子クラブさくら組」で「ミュージックステーション」にも出演していますよね。

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井上 一回だけ。「DO-して」という曲が、「クレヨンしんちゃん」のエンディングテーマだったので。でも感動しましたね。テレ朝の番組でよかったと思いました。サザン(オールスターズ)とも共演しました。サザンの後ろに私たちが座って、みんな「私たち、ここにいるの奇跡じゃない?」ってなってましたね(笑)。

――「桜っ子クラブさくら組」自体は1994年に解散します。井上さんは芸能界入りのきっかけであったアイドルにはなれたわけですが、アイドルを辞めた後のモチベーションはどうしていたんですか。

井上 「桜っ子クラブさくら組」をやっている中で、ずっとアイドルではいれないなというのは理解していました。芸能界で息長くやっていくのだったら、女優さんになるのが一番かなとは思っていました。

――芸能界自体は続けたいと思っていたんですね。

井上 そうですね。楽しかったので。そもそも私、小さい頃から人と同じことをするのが、どうしても好きじゃなくて。先がわかっちゃうとつまらない。だから芸能界は合っていたと思います。

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