グラビアアイドルとして人気に…「胸に1億円の保険」
――そして井上さんといえば、グラビアアイドルとしても人気でした。
井上 雑誌の表紙になった時に、当時は電車移動だったから、目の前にいるサラリーマンの読んでいる雑誌に私のグラビアが載っていることがあって「気付かれたくないな」と思っていましたね。あと、読んでいる人が一旦雑誌のページをめくって、また私のグラビアに戻っているのを見て「この人は、私のグラビアでもこの写真が好きなのか」とか観察してました(笑)。
――事務所が井上さんの胸に1億円の保険をかけたことも当時は話題になりましたね。
井上 まだ10代だからよくわかってなかったけれど、私って商品なんだなとは思いました。グラビアについても最初の頃は編集者やカメラマンがやりたいようにこっちを動かすから、すごいハイレグとかもあって。スタイリストさんも含めてみんなグルというか敵に見えた時もありましたね。大人って嫌だなと感じたり。
それがだんだんと自分の考えを言えるようになって、写真集ではカメラマンを変えて、ちょっとかっこいい路線に変えてみたこともあります。ただグラビアの撮影自体は楽しい。ハワイや南国での撮影が多かったんですが、撮影が終わった後のスタッフさんとの食事も楽しかったですね。
篠山紀信撮影のスキンヘッドとヌードで話題に
――1999年には幻冬舎の広告でスキンヘッドとヌードになったことも話題を呼びました。どういった経緯だったんですか。
井上 当時の事務所の社長とのミーティングで出たアイデアで、「坊主ってどう?」と言われたので「いいんじゃない」って。坊主ってプライベートでやると事務所は「ダメです」と止めるじゃないですか? でも仕事だったら坊主にできるから。私はやっぱり人と違ったこと、変わったことが好きなので。
それで坊主になって、都内で篠山紀信さんに撮影してもらって。広告が出るまでは坊主になったことがバレちゃいけないからとイギリスに行って、そこで写真集の撮影をしました。その後もしばらくイギリスにいましたね。
事務所も私も坊主をやった後のことは考えていなくて。坊主になって日本に戻った後は、本当に仕事が全くなかったです(苦笑)。坊主だとドラマは使いづらいじゃないですか。グラビアも男性は髪の毛が短いとあんまり好きじゃないと言われましたし。
