キャサリンが資産家エドガー・リントンとの結婚を選んだのは、ただ裕福な暮らしに惹かれたのではなく、自分も生き延び、愛するヒースクリフも夫の経済力で救いだそうという決死の策だった。ふたりの間に、不平等な相続法や因習、さらにはコモンローにおける既婚女性の「法的存在の喪失」(結婚したら財産権や法的独立性は夫に吸収される)といった法的機構が横たわってこそ、障害は真のものたりえるのだ。

『嵐が丘』エドガー

キャサリンが直面する生存の危機

 原作の父・母・長兄ヒンドリー・妹キャサリンというアーンショウ家の構成が、映画では大胆に変更されている。母はすでに他界。兄のヒンドリーがいない。長兄はいないが、かといって余所に法定相続人がいるようでもない。だったら、キャサリンが家督を継げるのではと思うが、ここにフェネルはひねりを入れた。

 暴力的で、飲んだくれで、ギャンブル狂いというヒンドリーの性格をすべて父アーンショウに担わせているのだ。原作では、温厚な父は優秀なヒースクリフをたいそう可愛がり、彼を苛めるヒンドリーを寄宿学校に遣ってしまう。それほどにヒースクリフ推しなのだが、その父が映画ではヒースクリフを虐待する側にまわる。

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 映画のキャサリンが生存の危機に直面するのは、イギリスの制度的抑圧ゆえではなく、父がギャンブルの借金と酒で身上をつぶすからなのだ(少なくとも説明がないのでそう見えてしまう)。これでは遺産相続どころか、負の遺産だ。ここにも家の断絶の予感がある。キャサリンは「もうリントン氏に身を投げ出すしかない」と嘆き、ヒースクリフを激怒させるのだった。

後編につづく

『嵐が丘』

『嵐が丘』
監督・脚本:エメラルド・フェネル/出演:マーゴット・ロビー、ジェイコブ・エロルディ、ホン・チャウ/原作:エミリー・ブロンテ/2026年/アメリカ/137分/配給:東和ピクチャーズ・東宝/©2026 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved./全国公開中

次の記事に続く 原作翻訳者が読み解く6つの重大な変更点——映画『嵐が丘』の原作への“貞淑”と“裏切り”が、一体となって生んだものとは