この発言を西川に告げると、「うーん」としばらくの間、考え込んだ。

「正尚さんが泣いていたという記憶はないです。もしかしたら、泣いていたのかもしれないけど、決して僕らにその姿を見せることはないはずです。ただ、マイペースでいるように見えて責任感が強いタイプなので、新チームができて自分も四番を任されて、それで打てずにチームも敗れてしまった。それはかなりショックではあったと思いますね」

 後に吉田は、この試合を振り返って『野球太郎』No.016(廣済堂出版)においてこんな言葉を残している。ドラフト会議を目前に控えた青山学院大学4年時のコメントである。

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「高校2年の秋で一度プロは諦めたんです」

 さらに、この試合について、率直な思いを吐露している。

「あの時は落ち込みました。センバツの可能性もなくなりましたし、『こういう投手を打てないと高卒でプロには行けないんだな』と痛感しました」

 当時、西川もまた吉田の率直な思いを耳にしていたという。「いつも、“プロに行くのかどうか?”という話をしていましたから、正尚さんが“今、プロに行ってもオレは通用しない……”と言っていたことは覚えています。割と早い段階で大学に進学することを決めていましたから」

 この日対戦した釜田は、プロ野球スカウトも注目する超高校級の逸材だった。その投手から、1年生ながら3本のヒットを放った。西川にとっては忘れられない対戦となったが、吉田にとっても屈辱と挫折を覚えた記憶に残る一戦となった。当時の西川は、吉田のことを「一人だけレベルが違うバッター」と評価していた。それでも、その彼でさえも高校卒業後、すぐにプロには行けないのだという。

(一体、プロに入るにはどれくらいのレベルに到達しなければならないのだろう……)

 落胆する吉田の姿は、若き日の西川の脳裏に強く刻まれることになった。

「壁がない人なんです、正尚さんは」

 高校時代、吉田も西川もともに寮生活をしていた。

 野球部を筆頭とする運動部において、「先輩、後輩」は絶対的な権力勾配を持つ。端的に言えば「先輩は神様」であり、「後輩は奴隷」としばしば言われる。特に強豪校であればあるほど、その傾向は強くなる。こうしたひずみが、先輩から後輩への暴力事件、体罰事件など、数々の不祥事を起こすこともある。しかし、敦賀気比高校野球部では、少なくとも吉田と西川の二人においては、こうしたことは無縁だった。西川が笑顔で、当時を振り返る。