吉田正尚がホームラン1本あたり10万円の支援をする自立支援施設「若者の家」には、貧困や人身売買などの過酷な環境を生き抜いた若者たちが集まり、無償で教育や職業訓練を受けている。

 吉田が2023年シーズン終了後、同施設を訪れると、卒業生たちは「医者になりたい」「弁護士になって人を助けたい」と目を輝かせて語った。

 現地を訪問した吉田はどんな思いを抱いたのか。ここでは、チャリティ活動の実態に迫った『決断ーカンボジア72時間ー』(主婦の友社)の一部を抜粋。吉田と親交が深いノンフィクション作家長谷川晶一が間近で見た、メジャーリーガーの意外な反応を紹介する。

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確実に芽生えていた幸福の循環、善意の循環

 私の目の前には3人の卒業生が座っている。サムナンくん、ブティくん、そしてリンダさんだ。自分たちを支えてくれた吉田がやってくるということで、喜んで駆けつけたという。3人はそれぞれ、「若者の家」で生活し、卒業後の現在は同じ大学に通っている。KnK(編集部注:若者の家を運営しているNPO法人国境なき子どもたちの略称)では奨学金制度も設けられており、大学進学以降のサポートも行っている。この3人は「15歳の壁(編集部注:援助施設運営上の限界から、あと数年、大人になるための準備が必要にもかかわらず、一定の年齢になったという理由で支援を受けられなくなり、厳しい路上生活、劣悪な環境での労働などに逆戻りしてしまうこと)」を乗り越えたのである。まずは「若者の家」で暮らしていた頃の思い出を尋ねる。

「ここで学んだのは社会の仕組みでした。一日中、みんなと生活をともにするので、早起きをすること。朝、起きたらすぐに掃除をすること。食事当番のときには、みんなの食事を作ることも学びました。得意な料理は野菜炒めです。今、大学でも友だちに料理の腕前を披露することもあります。僕らがいた頃は職業訓練の授業もありました。僕は縫製のクラスに在籍していました。ここで学んだのは、縫製の技術はもちろんですけど、お店からの注文を受けて、それにきちんと応えて商品を作ること。そして、それを売る人がいること。買う人がいること。そんな社会の仕組みを学んだ気がします」

写真はイメージ ©AFLO

 サムナンくんのしっかりとした受け答えに感心していると、ブティくんも続いた。

「僕も、ここでは社会の仕組みを学びました。家族と離れて暮らしたのは初めての経験でした。これ自体がすでに学びでしたし、集団生活の中でルールを守って生きていくことの難しさも知りました。もちろん、勉強もたくさんしました。母国語のクメール語もここできちんと文法から学んだし、外国語の英語も勉強することができました」

 リンダさんもやはり、「集団生活のルールを学んだ」ことを理由に挙げた後に、こんな言葉を口にした。

「私は勉強する楽しさを知りました。もしもここで勉強をしていなければ、今、こうして大学に行くこともなかったと思うし、今頃、どんな生活をしていたのかもわかりません。ここで学ぶことができたことを本当に嬉しく思っています。それは卒業した今だからこそ、なおさらその思いが強いです」