地元のボストン・レッドソックスファンや野球ファンを歓喜させる吉田正尚の豪快な一発によって、野球とは無縁の「遠い国の誰か」の支えとなっていることは、頭で理解していた。しかし、それはあくまでも、不特定多数の「どこかの誰か」でしかなかった。
けれども、今は違う。
明確に「カンボジアのサムナンくん」であり、「ブティくん」であり、「リンダさん」だと理解した。このとき、ようやく吉田の思いに気がついた。彼が求めていたのは、つまりはこういうことだったのだ。
自分が放った一発が、「どこかの誰かのため」ではなく、具体的な名前や、顔や、個性を持った子どもたちのために使われているという実感がほしかったのではないか?
自分が贈った寄付金の使い道を自分の目で確認したかったのではないか?
自らが放ったホームランによって、彼らの生活が、人生が、どのように変化したのかを知りたかったのではないか?
それは、改めて考えるまでもないほど、真っ当すぎるほど自然な欲求だろう。けれども、私はその思いを正しく理解できていなかった。金さえ払えば支援は終わりではない。そんな当たり前のことに気がついていなかった自分の不明を恥じた。
ようやく、吉田の本意に気がつき、腹落ちした気がした。彼がカンボジアに行きたがった理由が、実感として理解できたからである。
「若者の家」で取り組んでいること
現地スタッフ、そして子どもたちに案内されながら各部屋を見て回ることになった。建物は「男子の家」「女子の家」と別々になっており、それぞれオフィス、プレイルーム、台所、寝室があり、寝室は4人一部屋となっている。吉田の周りを小さな子どもたちが興味深そうに取り囲みながら、集団で各教室を練り歩いていく。「若者の家」では、主に国語、算数、英語、コンピューターの授業を行っている。国語の授業ではカンボジアの公用語であるクメール語の読み書きを習う。識字率がまだまだ高くないこの国では、読み書きができることは大きな武器となる。算数は筆算から始まり、徐々に高度な計算方法を学んでいく。
教室を回りながら熱心に説明をしてくれている男の子は、日本人にも聞き取りやすい英語を話している。英語の授業は小学生レベルの初級者クラスと、中学生以上のレベルに分かれているという。最も人気があるのがコンピューターの授業だ。ここではマウスやキーボードの操作から始まり、ワード、エクセル、パワーポイントなど、実社会で役立つ技術を教わる。
