「ヌーブラヤッホー!」と叫んでいたワケ
池辺 全然ダメでしたね。最初のうちは劇団の先輩や社長たちにネタを見てもらったのですが、「君たち、すごい勢いあるね」と言われたあとに、「ただ、全然面白くないね」と(笑)。
吉本(興業)や松竹みたいにお笑いに強い事務所ではなかったので、ネタを見せる場所も限られていて。いくつもオーディションを受けましたが、全くうまくいきませんでした。
――そこからどうして「ヌーブラヤッホー!」が生まれたのでしょうか?
池辺 あるとき、フジテレビの『爆笑ピンクカーペット』(編注:『爆笑レッドカーペット』の前身番組)のオーディションを受けることになったんです。けど、オーディション前日の夜になっても、全然いいネタが浮かばなくて。
2人であれこれ相談していたんですけど、そのとき、私がたまたま使っていたヌーブラを洗って乾かしていたんですね。ヌーブラって汗がついても、洗って乾かせばまた粘着力が復活するじゃないですか。
相方はヌーブラを使ったことがなかったみたいで、珍しかったのか、「何これ、めっちゃひっつくやん!」と壁に投げつけたんです。ヌーブラが一瞬ペタッと張り付いたあと、ポテッと床に落ちて。その光景がおかしくて、しばらく投げ続けたんです。
もう深夜のテンションで「ヤッホー、ヤッホッホー、ヌーブラヤッホー!」と。偶然、あのリズムが出てきて、その瞬間に「今のいいね!」となりました。
――当時はオリエンタルラジオや藤崎マーケットなど、リズムネタが流行っていた時代でしたね。
池辺 そうですね。私たちもリズムネタは入れようと話していたところでした。でも、流石にネタ見せで披露する予定はなかったんです。
当日、現場に行って1分くらいのネタ見せをしましたが、1本目はウケない。2本目、3本目、4本目も全然ダメで、プロデューサーの方に「もういいですか?」と言われてしまって。そこで「最後にもう一個だけ見てください!」と叫んでやってみたのが、あの「ヌーブラヤッホー!」でした。
プロデューサーが「それおもろいやん。それやったらうちの番組でやってほしいわ」と。自分たちも「あ、これなんや?」とは思ったんですけど(笑)。28〜29歳くらいのときに、よくわからないまま地上波に出ることになりました。


