「じゃあゼードってなに?」「あっ!」
「誕」がむずかしくて書けなかったから、火になったのか。たしかに火は人間をサルから成長させたファクターと考えれば、「誕」の意味をもつかもしれない。いやそんなわけあるかい。考えすぎて変な方向にさえてきている。
「じゃあゼードってなに?」
「ゼード、ゼード……ゼット? セール? セーブ?」
「あっ!」
母の頭でピコーン、と電球が光ったように見えた。
「プレゼントや!」
衝撃である。
これは弟が、自分の誕生日プレゼントにゲームを催促する怪文書だったのだ。
おもむろに和室の方を見やると、ふすまの陰から弟が、解読班の様子をモジモジしながらうかがっていた。愉快犯のソレだ。
間違いだらけとはいえ、24歳にしてとつぜん書の道に目覚めた弟に、岸田家は騒然とした。姫と隣国の王子が熱愛結婚した国のお祭りのようになった。
「他の子たちみたいに字を書いたり計算したりできなくても、誰より優しく、明るく生きてくれたらそれでいい」と育てていた母も、うっかり喜んでいる。
ただ、弟はものすごくめずらしい字の書き方をしている。わたしたちみたいに、頭のなかに「この字は、こういう発音と意味」「この字とこの字を組み合わせると、こういう単語になる」というデータベースがあるわけじゃない。
お手本の字を見ながら、ひたすらコピー&ペーストしてる。
「ドラえもんのゲームがほしい」と思っても、「ドラえもん」という字を覚えているわけではないので、なにも見ずに書くことができない。おもちゃ屋のチラシをもってきて、ドラえもんの絵を見つけ、その下に書かれている文字はたぶんドラえもんだろうと予想し、写して書く。
彼の記憶に「誕生日」という言葉もないので、遠いむかしにもらったバースデーカードを引っ張り出し、そこに印刷されている文字をカンで選び、写して書く。
「弟くんに、ページ番号を書いてもらいましょう」
弟は、字は書けるけど、言葉は書けない。
はずだった。(2回目)
わたしがはじめての本『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』を出版することになるまでは。
本の装丁を担当してくださった祖父江慎さんが、読み終わった原稿をトントンと机に軽く落としてそろえながら、ニコニコしていった。
「弟くんに、ページ番号を書いてもらいましょう」
びっくりした。
「弟は、字がそんなに上手じゃなくて……ちゃんと書けるかどうかわかんないですよ」
「大丈夫。ステキな本になりますよお」
巨匠に大丈夫といわれれば、大丈夫にするしかない。