0から9まで、3回書き直した
わたしは実家にいる母に電話して事情を説明し、弟に頼んでもらった。弟は「ええっ、もう、しゃーないなあ、やったろ」といったそうだ。巨匠がここにもいた。
「やってくれるって」
母の報告とともに、爆裂に腹が立つひょっとこ顔の弟の写真が添付されていた。おふざけになっている。本当に数字が書けるんだろうか。数字を書くという意味をわかっているんだろうか。
翌週実家にかけつけ、ハラハラするわたしの心境などお構いなしに、巨匠は、蚊が止まりそうなほどゆったりとした動きでペンをとる。
そして、慎重に紙へペン先をつける。紙と目の距離が、異常に近かった。うまい棒1本の半分の長さくらいしか開いてなかった。
むくむくの手で、ゆっくり、ゆっくり、0から9までの番号を、順番に、ひとつずつ。納得いくまで、弟は3回も書き直した。
「かけた」
弟はまた、あのひょっとこ顔をした。
見てるこちらが手に汗をにぎるスローな進捗だったが、とにもかくにも、すべての数字が書けた。書けたのだ。これには母が泣き、わたしは笑ってしまった。
「ありがとう。これ、姉ちゃんが出版する本に使わせてもらうな」というと、出版がなにかわかってない弟は「おう、がんばってや」といった。
完成した本のノンブルを見て、腰を抜かすかと思った。たとえば111とか、112のようにおなじ番号でも、数字の組み合わせがすべて違う。それを全ページ分、ひと文字ずつ、手作業で配置してくれたのだ。
まるで弟が1ページずつ、書いてくれたみたいだった。ぶかっこうで、大きかったり小さかったりするその数字は、わたしのために書いてくれたものだ。それだけで大きすぎる意味がある。これは弟の言葉だ。
そして、奥付。映画でいう、エンドロール的なあの場所に「ノンブル文字 岸田良太」とのっている。
ここでようやく、わたしが泣いた。途方もない時間がかかったのだ。ページ番号のことも予定になかったせいで、入稿の時期がずれにずれたと聞いている。でも小学館さんは待ってくれた。素敵なアイデアなのでと喜んでくれた。
弟よ、あんた、奥付に名前のってるぞ。見とるか。見とるな。やったな。
帯文にあたたかい応援コメントを寄せてくださった、阿川佐和子さんと対談の機会をいただき、会いに行った。阿川さんが「本がおもしろいほど売れたら、印税でなにしたいですか?」とお茶目に聞いてくれた。
わたしは「神戸にいる母と弟のために使いたいです」と、胸を張って答えた。御殿くらいは建てたいですといったら、阿川さんは「いける、いける」と微笑んだ。
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