作家・エッセイストとして活動する岸田奈美さん。車椅子の母、ダウン症の弟、そして亡き父との日常生活を、ユーモアたっぷりに描いたエッセイが人気を集めています。

 3月6日に文庫化されたエッセイ集『傘のさし方がわからない』(小学館)より、一部を抜粋して紹介します。(全2回の2回目/最初から読む)

作家・エッセイストの岸田奈美さん

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弟の成長を見せつけられたときの驚き

 弟のふとした行動に、ものすごくびっくりさせられる。

「あんた、ほんまはわかってたんか」と、問いただしたくなることがある。

 どう説明したらいいだろう。お腹のなかにいるわが子に語りかけていたら、その子が大きくなったときに「覚えてるよ」と話し出すような。そのむかし助けたツルが、恩を返すためにはた織りにきたような。

弟の良太さん(写真提供:岸田奈美さん)

 弟には悪いが、このびっくりには、とても失礼な意味がある。

「まさかそんなことはないだろう」と弟を低く見積もってみくびっていることと、セットなのだ。それもかなり長い期間。だから弟は、びっくりしているわたしを見ると「わかってるに決まっとるがな、奈美ちゃんはひどいわ」とでもいいたそうに、あきれた顔をする。

 ひどい姉なりにも、いい訳させてほしい。

 弟はむかしから、みんなが上手にできる大抵のことは、みんなより下手だった。うまくしゃべれない、はやく走れない、文字を覚えられない。それでも弟が、まったく悔しそうでも、さみしそうでもなかったのは、とにかく弟がいいやつだからだ。いいやつになるっていうのは、ひょっとすると、勉強より運動よりむずかしい。いいやつは、どこへ行っても好かれる。

 そんなわけで、いいやつの弟は「競争すること」「比べられること」「ふつうでいること」から、かぎりなく遠ざかって生きていた。弟はいいやつとして元気に生きているだけで、世界の期待にこたえている。本当はみんな、そうなんだけどね。

 競争や比較がよい方向に働く場面はある。ちょっとした成長も、順位や数字や評価になると、見えやすくなる。弟の場合は、成長を数字ではかる機会があまりないので、見えづらかった。

 数字の代わりにぼやっと見えたのは「なんかいつのまにか、ひとりで学校に行けるようになったね」「よくわかんないけど、静かに電車乗れるようになったね」という、ざっくりで、ゆっくりで、おおらかな成長のみだ。

 たぶん、わたしはどこかでずっと小さな子どもを見るような視線を、弟に向けていた。そんなわたしが急に成長を見せつけられると、腰を抜かすほどびっくりしてしまう。